川崎汽船の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

量で及ばない代わりに、まだ誰も専用船を仕立てていない船種を先に押さえた。1957年の油槽船富士川丸から専用船隊の整備に入り、1964年には飯野汽船を吸収合併して6大グループの一角に入る。1968年にフルコンテナ船と自動車ばら積み兼用船を同時に立ち上げ、1970年7月には第十とよた丸で自動車専用船を世界に先駆けて実用化した。船倉にばら積みしていた自動車を専用設計で運ぶ手法は世界の共通語となり、日本の自動車輸出の拡大とともに船隊が増えた。1986年には北米定期航路の赤字で無配へ転落するが、多角化にも合併にも向かわず、船価の下がった不況期に1200億円を同航路へ投じて単独運航へ移った。同じやり方は、売上の5割まで膨らんだコンテナ船では続かなくなる。

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