1964年の海運集約は、不況業種の構造問題を市場の淘汰に委ねるのではなく、法制と財政支援を組み合わせて国が一度に業界を再編した事例と思われる。過当競争に陥った産業を一定規模の企業集団へ水平統合するという発想は、規模の経済と国際競争力の確保という明快な論理を備えていた。一方で、どの会社とどの会社が組むかは政策の枠内で各社の利害が交錯する交渉でもあり、当初の組み合わせが組み替えられた経緯は、国策といえども当事者の合意形成を抜きには進まないことを示しているとも読める。
集約が現在の邦船3社体制の原型につながった点は、再編の成否を長い時間軸で評価する必要があることを示唆している。規模の拡大それ自体は収益を保証せず、その後の市況変動や追加の再編を経て初めて今日の姿に至った。国主導の一括再編は短期間で業界構造を作り替える力を持つ反面、作り替えられた構造が機能し続けるかどうかは、その後の各社の経営と市場環境に委ねられる。1964年の集約は、産業政策による再編の到達点と限界の双方を考える素材を残しているといえる。