日本郵船の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

新しい船種を日本で最初に走らせ、その船隊を自前で積み上げてきた。太平洋戦争で船隊の大半を失い、戦後も過当競争で13年の無配が続いたのち、1964年に国策の海運集約で6グループの中核となり、三菱海運との合併で保有船腹228万8000トンを得て最大手となった。1968年には日本初のコンテナ船"箱根丸"を就航させ、1970年に自動車専用船、1983年にLNG船へ船種を広げる。その一番手だったコンテナ船だけを、2016年には定期コンテナ船事業を3社共同のONEへ切り出し、自動車船・ドライバルク・エネルギーを自社に残した。

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