浅尾新甫
日本郵船・元取締役会長
社長就任 1946年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法科
出自 —
社長就任までの出自
出自
1918年に東京帝国大学法科を卒業し、1943年に取締役、1946年に常務取締役となった。山梨県の出身である。社長在任中は日本ホテル・富国生命保険相互会社・日本空港ビル・文化放送・日本航空の役員を兼ね、1952年には日本開発銀行参与にも就任した。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1946年、取締役に就任して3年で常務取締役へ上がり、同じ年のうちに社長へ移った。敗戦の翌年で、証券取引所への上場も復配もまだ先にあった。東京・大阪・名古屋の各証券取引所に株式を上場したのは、就任から3年後の1949年5月である。
在任中の主な施策
施策
1949年5月、東京・大阪・名古屋の各証券取引所へ株式を上場した。ただし配当は在任中に戻せなかった。1965年の復配が13年ぶりだったことから、1952年以降の在任期間はすべて無配にあたる。1961年1月に取締役会長へ退き、副社長の児玉忠康氏へ社長を渡した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1918〜1961年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-