昭和電工等と事業統合(2001年・三菱化学の決断)更新:2026/07/29三菱化学:業績の推移売上高(億円)当期純利益率(%)データ出所合成樹脂5社によるポリエチレン・ポリプロピレン事業の統合2001年6月7日、三菱化学、昭和電工、チッソ、東燃化学、日本石油化学の5社が、ポリエチレンとポリプロピレンの両事業を統合すると発表した経営判断。両事業の統括会社は生産能力で三井・住友連合を抜き、国内首位に立つ見込みとなった。何をなぜ決めたか:合成樹脂5社によるポリエチレン・ポリプロピレン事業の統合概要2001年6月7日、三菱化学、昭和電工、チッソ、東燃化学、日本石油化学の5社が、ポリエチレンとポリプロピレンの両事業を統合すると発表した経営判断。両事業の統括会社は生産能力で三井・住友連合を抜き、国内首位に立つ見込みとなった。背景国内のエチレン生産能力は2000年末で年約770万トン、国内需要は600万トン強にとどまり、50万トン級の設備を4基分ほど統廃合しなければ需給が合わない計算であった。2004年までの段階的な輸入関税引き下げと、シンガポール・中国での大型プラント稼働が期限として迫っていた。内容ポリエチレンは、三菱化学65%・東燃化学35%出資の日本ポリケムと、昭和電工65%・日本石油化学35%出資の日本ポリオレフィンを2002年4月めどに新会社へ統合する。ポリプロピレンは日本ポリケムとチッソが2002年7月めどに共同設立する新会社へ統合し、いずれも日本ポリケムが過半を出資する予定であった。含意三菱化学は同年10月の"今後の経営対策"で、石化基礎原料の提携は共同出資でも過半にこだわらないと表明し、自前主義から離れた。統合会社の株主は4社に分かれ、ポリエチレンの年産能力130万トンはダウ・ケミカルとユニオン・カーバイドの800万トンとは桁が違った。いつ何が起きたか7件筆者考察考察考察:過半という条件を外せたこと2001年6月の発表で、三菱化学は二つの新会社のどちらにも日本ポリケムを通じて過半を出資すると決めていた。その4か月後には、石化基礎原料について共同出資でも過半数にこだわらないと表明する。生産能力で国内首位のエチレンについて、主導権を掌握し続ける前提を4か月で降ろした。発表時点の弱点はそのまま残った。統合会社の株主は4社に分かれ、統合そのものは設備集約にも要員削減にも直結しない。ポリエチレンの年産能力130万トンと、ダウ・ケミカルとユニオン・カーバイドの800万トンとは桁が違う。1998年11月まで全業務の移管を先送りし、旭化成や東ソーの撤退を見送った数年分の遅れを、三菱化学は発足以来はじめての無配で払った。統合で首位に戻っても、その遅れは取り返せていない。Yutaka Sugiura, 2026年7月参考文献参考文献参考日経ビジネス 2001年1月29日号有沢広巳監修『日本産業史 3』(日経文庫, 日本経済新聞社, 1994)「化学-プラントの大型化を経て成熟化」三菱化学 有価証券報告書【沿革】三菱化学 有価証券報告書(2002年3月期・連結)次に読む決断三菱化学の意思決定1978年三菱化学三菱化学ライフサイエンス分野へ再参入生命科学の専門研究所の設立と、そこを起点とする研究体制の構築1978年1991年三菱化学三菱化学バーベイタムの買収光磁気ディスクの量産設備の新設と米国の記録メディア大手の取り込み1991年同じ問い:固定費の削減2003年そごうそごう西武百貨店と経営統合かつての商売敵との統合による、ミレニアムリテイリング傘下入り2003年2004年GSユアサGSユアサ日本電池・ユアサ統合株式移転による経営統合と、高槻事業所の閉鎖・希望退職を伴う減産2004年1998年太平洋セメント太平洋セメント日本セメントと合併太平洋セメントの発足と、浅野・小野田・秩父の三系譜の一体化1998年2008年ENEOS HDENEOS HD新日鉱と経営統合新日本石油を母体とする共同持株会社JXホールディングスの設立2008年2011年トヨタ自動車トヨタ自動車トヨタ自動車東日本の新設他社との統合ではない完全子会社3社の1社への統合と、東北の国内第3の生産拠点化2011年×出所