積水化学工業の源流は、1947年3月に日本窒素肥料株式会社(現・チッソ)の一部従業員がプラスチックの総合事業化を計画して積水産業株式会社を発足[1]させた点にある。敗戦により朝鮮半島の工場を失った日本窒素は[2]、国内工場で吸収しきれない余剰人員を別会社に収容して引揚者を救済する道を選び、その受け皿の一つとして積水産業が生まれた。当初資本金は10万円にすぎず、設立と同時[3]に化学工業技術の研究機関として京都化学研究所も置いた。設立翌年の1948年1月には日本窒素から奈良工場を譲り受け[4]、わが国最初の自動射出成型によるプラスチック成型事業を開始[5]すると同時に、積水化学工業株式会社へ商号変更した。同年8月には大阪工場を設けた[6]。総合化学会社の多くが石油化学から多角化する中で、原料を持たないプラスチック加工の専業として出発した出自は、その後の事業構造を方向づけた。
事業の基礎を固めたのは1949年暮れごろから売れ始めたプラスチックテープで、ヒットして社業が軌道に乗った[7]。1951年9月に上野次郎男氏が社長に就任すると[8]、積極的な拡大策のもとで急成長を遂げた。1952年に完成させた京都工場では硬質塩化ビニル管の製造に進み、金属パイプ[9]を置き換えてパイプ市場で地歩を築いた。1953年3月に大阪証券取引所[10]、1954年4月に東京証券取引所へ上場し[11]、東京工場新設(1953年9月)と[12]中央研究所(現・開発研究所、1956年6月)[13]で全国展開と研究開発体制を整えた。さらに1960年の滋賀栗東工場(塩化ビニルパイプ・建材)、[14]滋賀水口工場(ポリビニルブチラール・合わせガラス用中間膜[15])、1962年の武蔵工場(プラスチックテープ・塩化ビニルテープ)[16]と品種を広げ、1964年1月には徳山積水工業を設立して塩化ビニル樹脂の製造を始め、原料から成型品まで一貫して手がける事業基盤を整えた。[17]
高度成長期の積水化学は、たびたび増資を重ねて資本金を85.5億円まで膨らませ、売上高は創業から15[18]年で実に58倍に伸びた。1964年には、戦後の急成長企業としてソニー・[19]本田技研と並び称されるほど勢いがあった。しかし、主力の塩ビパイプや波板に他社が相次いで参入して過剰生産と値下がりを招き、北米へ進出した『第三の紙』発泡ポリスチレンペーパー事業もダウやモンサント[20]など現地の大手化学会社の追い上げに遭った。在庫を抱え込んだ積水化学は1965年に赤字を計上して成長企業の座から転げ落ち[21]、上野次郎男社長は代表権のない会長へと退いた。1967年3月、旧日本窒素グループの旭化成から小幡謙三氏が再建のために送り込まれ、不採算部門の整理売却を進めるとともに、同年7月には資本金を半分に減らす半額減資という荒療治を断行して、わずか二年で大きな負債を消却し復配にこぎ着けた[22]。
1971年2月、積水化学工業は鉄骨系ユニット住宅『セキスイハイム』の販売を開始し[23]、住宅事業に進出した。塩化ビニルパイプ・建材で蓄積した樹脂加工技術と、住宅一棟を工場で箱型に組み立てる『ユニット工法』を組み合わせた発想による。建設現場での施工に依存する在来工法に対し、工場で躯体を生産して品質と工期を管理する方式は、品種ごとに量産工場を立ち上げてきた成型品メーカーにとって、既存の生産技術と工場運営の経験を住宅市場へ転用する道筋となった。プラスチック成型品から住宅という最終消費財へ事業対象を広げる転換でもあった。
参入直後から量産体制の整備が続いた。1971年10月に奈積工業(現・セキスイハイム工業)、1972年3月にサンエスハイム製作所([24]現・セキスイハイム工業)を相次いで設立し、ユニット住宅の製造拠点を確保した[25]。住宅は塩化ビニルパイプや成型品とは販売先も流通も異なる事業であり、製造業の発想で住宅を量産する試みは、のちに住宅・高機能プラスチック・環境ライフラインの3本柱へと広がる事業多角化の最初の一歩となった。化学会社が住宅を主力事業の一つに据える積水化学の事業構造は、この1971年の参入から始まった。
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|---|---|---|---|---|
| 1947〜1971年日本窒素肥料系プラスチック専業からの出発と高度成長期の住宅事業参入 | 積水産業として発足 | ★★ | ||
| 奈良工場を新設 | ★ | |||
| プラスチック自動射出成型事業に参入 | ★★ | |||
| 積水化学工業に商号変更 | ★ | |||
| 大阪証券取引所に上場 | ★ | |||
| 東京工場を新設、プラスチック成型品の製造を開始 | ★ | |||
| 東京証券取引所に上場 | ★ | |||
| 中央研究所を新設 | ★ | |||
| 滋賀栗東工場を新設、塩化ビニルパイプ、塩化ビニル建材製品の製造を開始 | ★ | |||
| 滋賀水口工場を新設、ポリビニルブチラール、同中間膜の製造を開始 | ★ | |||
| 北米進出「第三の紙」の栄光と挫折 ── 成長会社セキスイの転落(1962〜1965) 1962年から1963年にかけて、積水化学工業は日本企業として先駆けて北米での現地生産に踏み切り、米ペンシルベニア州で独自開発の発泡ポリスチレンペーパー『第三の紙』の量産を始めた。上野次郎男社長が主導した海外進出であったが、現地大手との競争と技術の未完成から在庫を抱え、1965年の赤字計上と社長更迭に至った経営判断である。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 1965年に赤字計上と社長更迭 | ★★ | |||
| 徳山積水工業を設立、塩化ビニル樹脂の製造を開始 | ★ | |||
| 鉄骨系ユニット住宅「セキスイハイム」による住宅事業への参入 1971年2月、積水化学工業が鉄骨系ユニット住宅『セキスイハイム』を発売し、住宅事業へ参入した経営判断。塩化ビニルパイプや成型品の加工専業だった同社が、樹脂加工で培った量産の技術と、住宅一棟を工場で箱型に組み立てる『ユニット工法』を掛け合わせ、設計図を引ける社員が一人もいない『素人集団』で新市場を開拓した。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 住宅事業に参入 | ★★ | |||
| 奈積工業を設立、ユニット住宅の製造を開始 | ★ | |||
| 1971〜2010年住宅・高機能プラスチック・環境ライフラインの3本柱体制の確立と海外展開 | サンエスハイム製作所を設立、ユニット住宅の製造を開始 | ★ | ||
| 事業本部制を導入 | ★ | |||
| 木質系ユニット住宅「ツーユーホーム」の販売を開始 | ★ | |||
| 群馬工場を新設、塩化ビニルパイプ、ユニット住宅外壁パネルの製造を開始 | ★ | |||
| Sekisui America Corporationを設立 | ★ | |||
| 応用電子研究所を新設 | ★ | |||
| 住宅事業本部内に住宅綜合研究所を新設 | ★ | |||
| 京都技術センターを新設 | ★ | |||
| 小松化成を子会社化 | ★ | |||
| 大久保尚武 | 7事業本部を3事業本部に再編 | ★ | ||
| 大久保尚武 | カンパニー制を導入 | ★ | ||
| 大久保尚武 | 第一化学薬品を子会社化 | ★★ | ||
| 大久保尚武 | 多賀工場を設立、IT分野向けのフィルム・テープ製品群の製造を開始 | ★ | ||
| 根岸修史 | Celanese Corporationの子会社からポリビニルアルコール樹脂事業を買収 | ★ | ||
| 2010年〜ESG経営と医薬・モビリティ・ペロブスカイトへの成長領域拡張(2010〜現在) | 根岸修史 | Genzyme Corporationから検査薬事業を買収 | ★ | |
| 根岸修史 | 三菱樹脂の管材事業を買収 | ★★ | ||
| 髙下貞二 | エーザイからエーディアを買収 | ★ | ||
| 髙下貞二 | ポリマテック・ジャパングループの経営権を取得 | ★ | ||
| 髙下貞二 | AIM Aerospaceを買収 | ★★ | ||
| 加藤敬太 | プライム市場に移行 | ★ | ||
| 清水郁輔 | 積水ソーラーフィルムを設立 | ★ | ||
| 清水郁輔 | ペロブスカイト太陽電池事業の運営を開始 | ★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(積水化学工業)