川崎汽船コンテナ船事業のONEへの切り出しと、50年続けた自社運航の終了
外資の傘下に入るか、競合2社と事業を持ち寄るか——売上の5割を占めた主力を手放すまで
- 概要
- 2016年10月、川崎汽船が日本郵船・商船三井とコンテナ船・海外ターミナル事業を統合すると発表した経営判断。3社が出資する新会社Ocean Network Express(ONE)を2017年7月にシンガポールで設立し、2018年4月に営業を開始した。1968年のフルコンテナ船就航から50年続けたコンテナ船の自社運航は、ここで終わった。
- 背景
- コンテナ船は船腹の供給増が荷動きを上回り、運賃が崩れていた。川崎汽船は2016年までの10年間で7度の部門赤字、計1,000億円超の損失を重ねた。売上高に占めるコンテナ船の比率は約5割で、日本郵船の3割・商船三井の4割より高く、市況の振れが全社の損益を左右した。
- 内容
- 出資比率は日本郵船38%、商船三井31%、川崎汽船31%。統合後の世界シェアは7%で6位となる計算であった。村上英三社長は統合でメガキャリアー入りでき、スケールメリットを通じ世界水準の競争力を実現すると述べ、運航面の協力にとどまるアライアンスとの違いを強調した。
- 含意
- 切り出しの直後、2019年3月期は用船契約の解約などで純損失1,111億円を計上した。ところがコロナ禍の運賃急騰でONEの利益が持分法投資利益として流れ込み、2022年3月期は経常利益6,575億円・純利益6,424億円の過去最高益となった。同期の自社の営業利益は177億円で、切り出した事業に利益の大半を依存する構造が残った。
主力を手放すという選択の後味
統合の前年、村上英三社長はコンテナ船を「事業を始めると、容易に撤退や縮小の決断はできない」事業として説明していた。ターミナルと内陸輸送を自前で抱える以上、簡単には畳めないという認識である。その本人が翌年、売上の5割を占める事業を切り出す側に立った。10年で7度の赤字と1,000億円超の部門損失、そして外資の傘下入りまで語られる状況が、自らの前提を書き換えさせたとみられる。
ただ、切り出しは依存の解消ではなかった。2022年3月期の過去最高益6,424億円のうち、自社の営業利益は177億円にすぎず、利益の出所はONE経由のコンテナ船であった。手放した事業から最も多くを受け取り、運賃が正常化すれば受取額も縮む。自ら運航する事業の営業利益が2025年3月期に1,029億円へ届いたことで、ようやく二本目の足が立ったといえる。畳んだ判断の評価は、この足がどこまで伸びるかで決まっていく。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
運賃暴落が繰り返したコンテナ船部門
2011年、邦船3社はそろって上期の営業赤字に落ちた。最大の誤算はアジア・欧州間の運賃値上げ交渉が3社とも空振りに終わったことで、欧州運賃は7〜9月期に一気に3割近く下がった。運搬能力が年率10%増えるのに対し欧州の需要は5%しか伸びず、需給の読みが外れた。コンテナ船の比重が大きい川崎汽船は300億円の営業赤字を覚悟し、通期黒字化を断念した[1]。
赤字は一度きりではなかった。川崎汽船のコンテナ船事業は2016年までの10年間で7度の赤字を出し、部門の損失は累計1,000億円を超えた。同じ10年でマースクは金利・税引き前利益の赤字が2度のみで、85億ドル超の利益を積んでいる。売上高に占めるコンテナ船の比率は約5割で、日本郵船の3割・商船三井の4割より高く、市況の振れが全社の損益をそのまま動かした[2][3]。
傘下入りまで取り沙汰された2016年
統合の前年、村上英三社長はコンテナ船を撤退しにくい事業として説明していた。ターミナルの手配や内陸輸送のインフラを自前か第三者で用意する必要があり、始めると容易に撤退や縮小の決断はできない。2011年度に400億円を超す営業赤字に陥った当時の危機感を語り、北米・欧州・アジア域内へ航路を絞り、船の数を営業力に見合う規模へ圧縮して利益体質に変えたと述べていた[4]。
2016年に事情が一変した。6月の株主総会で村上社長の取締役再任への賛成比率は56.88%へ落ち、7月中旬にはエフィッシモの持ち株比率が36%を超えた。誌面ではコンテナ船世界首位のマースクが持ち株を取得して傘下に収める可能性まで論じられ、川崎汽船のコンテナ船は約9割が借船で過剰船舶を抱える危険が薄い点も指摘された。8月には韓進海運が経営破綻した[5][6]。
決断
3社で持ち寄るという選択
2016年10月、日本郵船・商船三井・川崎汽船はコンテナ船と海外ターミナル事業の統合を発表した。事業規模と収益性を勘案して日本郵船が38%、商船三井と川崎汽船が31%ずつを出資し、2017年7月に合弁新会社を設立、2018年4月に事業を始める計画であった。世界の船腹量シェアは首位マースク16%・2位MSC14%に対し3社は各2〜3%で、統合後は7%の6位へ上がる計算であった[7]。
村上社長は、統合でメガキャリアー入りでき、スケールメリットを通じて世界水準の競争力を実現すると語った。コンテナ船は世界規模で最適な配船を組むために船社間で提携して共同運航するため、規模が小さいと有利な役割を担えず、提携から外される危険もあった。規模の順位そのものを組み替えないかぎり、赤字の反復から抜けられないという判断であった[8]。
3社のあいだにあった温度差
同じ統合でも、3社の立場は同じではなかった。日本郵船の内藤忠顕社長は日本からコンテナ船事業をなくしてはならないと述べ、商船三井の池田潤一郎社長は事業統合を他事業へ広げることは考えていないと言い切った。売上比率が5割の川崎汽船だけが主力を切り出す側であり、統合の意味は3社のなかで最も重かった。仮に統合が頓挫すれば、影響が最も大きいのも同社であった[9][10]。
統合会社Ocean Network Expressは2017年7月にシンガポールで設立され、2018年4月に営業を始めた。1968年10月のフルコンテナ船「ごうるでんげいとぶりっじ」から50年続けたコンテナ船の自社運航は、この日で終わった。1972年にロングビーチ港へ自前のターミナルを構えて以来の海外ターミナル事業も、あわせて新会社へ移った[11]。
結果
1,111億円の損失と、6,424億円の利益
切り出しは、まず損失として表れた。ONEが営業を始めた2019年3月期、川崎汽船は貸船料が借船料を下回る用船契約を違約金を払って解約する方針をとり、解約特損約500億円を含む純損失1,111億円を計上した。自己資本は1,035億円まで縮み、2009年3月期の3,348億円から10年で3分の1以下となった。有利子負債は5,021億円、自己資本比率は10.9%であった[12]。
そこへコロナ禍による物流の混乱が重なり、コンテナ運賃が急騰した。ONEの利益は持分法投資利益として本体へ流れ込み、2022年3月期の営業外収益は6,561億円、経常利益は6,575億円、純利益は6,424億円の過去最高益となった。一方で同期の自社の営業利益は177億円にとどまり、赤字で手放した事業が全社利益のほぼ全部を生む状態が現れた[13]。
出資者として受け取る利益の振れ
高い利益は運賃の水準に依存していた。2023年3月期の純利益は6,949億円と高水準を保ったが、運賃が正常化するとONEからの利益は縮み、2024年3月期の経常利益は1,327億円、純利益は1,019億円となった。2026年3月期は売上高1兆184億円、経常利益1,091億円、純利益1,330億円で、自社運航をやめたあとも損益の振れ幅はコンテナ市況に連動した[14]。
自社の営業利益の側も動いた。2020年3月期の68億円から2025年3月期は1,029億円へ増え、コンテナ船を除いた自動車船・ドライバルク・エネルギー輸送で1,000億円を稼ぐ水準に達した。切り出しによって、市況の直撃を受ける事業を持分法の側へ移し、自ら運航する事業で稼ぐという二層の収益構造が定まった[15]。
- 週刊東洋経済 2011年11月8日号「NEWS TOP 4 02 海運 大荒れのコンテナ船 運賃暴落に打つ手なし」
- 週刊東洋経済 2015年5月22日号「この人に聞く 川崎汽船 社長 村上英三 大赤字の淵から体質転換 総合海運の強みを生かす」
- 週刊東洋経済 2016年8月13日号「ニュース最前線 追い込まれる川崎汽船 黒船傘下入りの激流」
- 週刊東洋経済 2016年11月12日号「ニュース最前線 コンテナ船3社統合 同床異夢の船出に不安」
- 週刊東洋経済 2016年12月31日号「特集 2017年大予測 2017年注目の企業とトップ 海運 川崎汽船」
- 川崎汽船 有価証券報告書 第157期(2025年3月期)【沿革】
- 川崎汽船 有価証券報告書(2017年3月期・連結)
- 川崎汽船 有価証券報告書(2019年3月期・連結)
- 川崎汽船 有価証券報告書(2022年3月期・連結)
- 川崎汽船 有価証券報告書(2025年3月期・連結)
- 川崎汽船 有価証券報告書(2026年3月期・連結)