岡田貢助

川崎汽船・元代表取締役社長

Okada Kosuke(敬称略)

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社長就任 1975年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学
出自 —
社長就任までの出自
出自

1907年に三重で生まれ、1931年3月に東京帝国大学を出て同年4月に第一銀行へ入行した。1953年10月に川崎製鉄へ移り、1964年6月に同社の取締役副社長、1972年11月には川鉄商事の取締役社長を務めている。川崎汽船に入ったのは1976年4月の顧問就任で、その2か月後に社長へ就任した。海運の実務を経ず、銀行と鉄鋼・商社だけを歩いた経歴である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1976年6月、足立護氏の後任として社長へ就任した。就任の3か月前に締めた1976年3月期は売上高2,390億円に対し経常損失89億円で、前期の経常利益98億円から転落していた。1975年3月末の大株主は川崎重工業7.37%、第一勧業銀行6.12%、東京海上火災保険6.00%の順で、上位の銀行は岡田氏の出身行が1971年の合併でできた第一勧業銀行だった。海運の外から損益の立て直し役を迎えた人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

就任後も経常損益は赤字が続き、1977年3月期に43億円、1978年3月期に32億円、1979年3月期に28億円の損失を並べた。ただし損失幅は毎期縮み、売上高2,562億円・2,564億円・2,204億円で規模を保っている。1980年3月期には売上高2,933億円・経常利益45億円へ戻った。役員では1978年6月に第一勧業銀行の取締役から転じた橋本八十彦氏が専務取締役へ上がっている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1975〜1979年
在任中の業績
就任前(FY74)2,343億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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