買い手も価格も決まっていない燃料の運搬船を、市場が生まれる前に造り始めた点に、この会社の選択がよく表れている。液化天然ガスの利用が始まった1970年代には海外の技術を導入する立場に転じ、規格もライセンスも他者が握った。橋本康彦社長が国際海事機関の基準づくりを自社船で押さえにいったのは、その順序を入れ替えるためであった。発注を待って造ってきた会社が、需要そのものを自分で立ち上げようとした試みだと推察される。
ただ、船が走っても中身は揃わなかった。豪州からの調達は期限に間に合わず、2024年に調達元は国内へ改められ、レゾナック・ホールディングスとの協業検討も止まっている。16万立方メートル級とされた運搬船は、契約段階で4万立方メートル型の1隻になった。2030年に3,000億円、2050年に2兆円という数字は会社が掲げた目標にすぎない。世界初の1隻を持つことと、水素を商いとして成り立たせることの間には、まだ距離があるといえる。