ジェイテクト2期連続赤字下で決めた米ティムケンのニードル軸受事業の取得

需要が半減するさなかに290億円を投じるか——軸受で世界一を狙う会社が選んだ買い物

時期 2009年7月
意思決定者(推定) 横山元彦・臨時取締役会(2009年7月29日) 社長
論点 軸受事業の品揃えとグローバル生産体制
概要
リーマン・ショックで2期連続の最終赤字に沈んでいた2009年7月、ジェイテクトが米ザ・ティムケン・カンパニーのニードル軸受事業を約290億円で取得する売買契約を結び、同年12月に譲り受けた経営判断。
背景
2008年3月期に連結売上1兆1,576億円を計上した業績は、2010年3月期に7,696億円・営業利益4億円まで落ち込んだ。自動車用軸受で世界一の技術力と提案力を持つ企業をめざすうえで、ニードル軸受分野の強化が最優先の課題として残っていた。
内容
2009年7月29日の臨時取締役会で決議し同日売買契約を締結。対象は従業員約3,400人、生産12カ所・開発3カ所、2008年12月期売上高621百万米ドルのニードル軸受事業で、取得価格は約290億円(1米ドル95円換算)。関係当局の審査許可を経て2009年12月末に完了した。
含意
需要の底で買った事業は、回復とともに軸受の品揃えと北米・欧州・アジアの生産販売体制を厚くした。同時に、旧2社の拠点網に取得拠点が重なる海外オペレーションの重さは、その後の課題として残った。
筆者の見解

底で買うことと、買ったものを動かすこと

2期連続の最終赤字のさなかに290億円を投じた判断は、業績の数字だけを見れば説明が難しい。それでも取得を決めたのは、ニードル軸受という欠けた品目が、自動車用軸受で世界首位を狙ううえで避けて通れない位置にあったからだとみることができる。低燃費車の普及で伸びる分野を、自前の投資で追いかければ工場も技術者も一から積み上げねばならない。稼働中の12工場と3,400人を一括で引き受ける方式は、需要の底という価格条件と噛み合っていた。

ただし、買って手に入るのは資産と人であって、それを動かす力ではない。ジェイテクトはこの取得の3年前に2社を合併したばかりで、北米・欧州にはすでに二重の拠点網を抱えていた。そこへ7カ国12工場が加わった結果、統合すべき対象はむしろ増えた。北米の生産の不安定が10年以上あとの決算説明会でも語られていることは、買収の巧拙とは別に、拠点を増やす判断が現場の運営能力に長く負荷を残すことを示している。安く買えたかどうかより、買ったものを何年で自社の生産方式に載せられるか——この決断が残した問いは、そちらにあるのかもしれない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

合併後のピークから2期連続赤字へ

2006年の合併から2年、ジェイテクトの業績は2008年3月期に連結売上高1兆1,576億円、営業利益776億円というピークに達した。だが2009年3月期はリーマン・ショックの直撃で連結売上高1兆171億円、営業利益224億円へ落ち、親会社株主に帰属する当期純利益は▲120億円の赤字に転じる。翌2010年3月期は連結売上高7,696億円、営業利益4億円、当期純損失▲194億円と、2期続けての最終赤字となった。合併直後の自動車生産の拡大に合わせて積み上げた設備と人員が、需要が3割以上縮む事態でそのまま負担へ変わった[1]

買収の相手は、光洋精工にとって創業期から意識してきた会社であった。1923年、光洋精工がわが国で初めてテーパー・ローラー・ベアリングの国産技術を完成させたとき、この製品は「ティムケン以外には生産は不可能」とまでいわれていた。技術の目標として仰いだ相手から、86年後に事業の一部を譲り受けることになる。ザ・ティムケン・カンパニーは1899年設立、2008年12月期の売上高5,663百万米ドル、従業員25,000名の米国大手であった[2][3]

最優先課題として残っていたニードル軸受

2006年の合併でジェイテクトは軸受・工作機械・ステアリングの3事業を持つ会社になったが、軸受の品揃えは万全ではなかった。同社は自動車用軸受の分野で世界首位の技術力と提案力を持つ企業になることを掲げており、そのためにニードル軸受分野の強化を以前から最優先の課題としていた。ニードル軸受は針状のころを使う小型・高負荷容量の軸受で、変速機やエンジンの駆動部位に多く用いられる。合併で厚みを得た玉軸受・円すいころ軸受に対して、この分野だけが弱いまま残っていた[4]

市場の見通しも、この分野を選ぶ理由になっていた。自動車業界では低燃費・低排ガス車の需要が増え、高品質のニードル軸受の重要度が増しており、大きな成長が見込まれていた。産業用機械や工作機械向けの用途でも安定した成長が見込まれ、より付加価値の高い製品へ移りながら事業を広げる余地があった。需要が落ちている時期に手を出す買い物ではあるが、対象の分野そのものは伸びるという読みが前提に置かれている[5]

決断

2009年7月の売買契約と290億円

2009年7月29日、ジェイテクトは臨時取締役会でザ・ティムケン・カンパニーからニードル軸受事業を取得する売買契約の締結を決議し、同日契約を結んだ。取得価格は約290億円(1米ドル95円換算)で、最終的な買収金額は譲渡時の資産等の状況を踏まえた調整後に確定するとされた。決済は手元資金と外部調達資金で充てる計画であった。2期連続の最終赤字と営業利益4億円という数字を抱えた会社が、その最中に290億円の投資を決めている[6][7]

買う対象は工場と人であった。ニードル軸受事業に限定して使われている事業資産、知的財産権、顧客契約のほとんどすべてが対象で、大半は資産譲渡の方式、欧州事業の一部は株式譲渡の方式によるとされた。従業員は約3,400人(2008年12月末現在)、生産拠点は米国・ドイツ・フランス・チェコ・中国・カナダ・スペインの12カ所、開発拠点は米国・ドイツ・チェコの3カ所にのぼる。対象事業の2008年12月期売上高は621百万米ドル、総資産は457百万米ドルであった[8]

生産・技術・市場の3面を一度に埋める

取得の理由として掲げられたのは、生産面・技術面・市場面の同時強化であった。ニードル軸受の関連製造技術を一段と広げ、北米・欧州・アジアでグローバルな生産および販売体制を確立することで、世界中の顧客の要求に速く応えられるようにする。自社で工場を建てて技術を蓄えるやり方に比べ、既に稼働している12の工場と3,400人の従業員をまとめて引き受ける方式は、時間を金で買う選択にあたる。需要が落ち込んで資産価格が下がっている時期であったことも、この方式を選びやすくした条件であった[9]

販売の面では、駆動部位の製品群が広がることで顧客に対してより包括的な提案ができるようになり、自動車用軸受製品全体の販売強化につながることが期待された。あわせてサプライ・チェーンの統合によるシナジーも見込まれている。手続きは関係当局の審査許可を経る前提で組まれ、事業譲り受け期日は2009年12月末とされた。実際の取得は予定どおり同年12月に完了している[10][11]

結果

需要の底で買った事業と、増えた海外拠点

需要が戻ると、取得した事業は売上に乗った。2011年3月期の連結売上高は9,554億円、営業利益399億円へ回復し、2015年3月期には売上高1兆3,559億円、営業利益741億円と、リーマン前のピークを上回る水準に達した。軸受の品揃えは玉軸受・円すいころ軸受にニードル軸受が加わって揃い、駆動部位の提案を軸受全体の販売へつなげる構図が形になった。買収の時期が需要の底と重なったことは、結果として取得の条件を有利にした面があるとみられる[12]

一方で、海外の運営はいっそう重くなった。旧光洋精工と旧豊田工機が別々に築いた北米・欧州の拠点網に、米国・ドイツ・フランス・チェコ・スペイン・カナダ・中国の12工場が加わり、合併の統合が済まないうちに事業所の数だけが増えた。北米では離職率の高さに起因する生産の不安定が長く続き、2024年5月の決算説明会で安形哲夫前社長は「北米では高い離職率に起因する生産の不安定が継続しており、厳しい状況が継続する前提で人に頼らない仕組みを構築する[13]」と述べている。買って広げた拠点を、どう安定して動かすかという課題が後年まで残った[14]

出典・参考

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