空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化

総合設備化を選ばず専業を貫いた高砂熱学は、インド企業の連結子会社化で技術をどう取り込んだか

更新:

時期 2017年11月
意思決定者 大内厚 高砂熱学工業 代表取締役会長社長執行役員
論点 事業領域の特化と技術の内製化
概要
1984年の総合研究所新設で技術蓄積の基盤を固めた高砂熱学工業が、2015年にインドのICT社へ出資し、2017年11月に同社を連結子会社化してクリーンルーム技術を自社グループへ取り込んだ経営判断。専業に徹したまま技術を内製化する路線をとった。
背景
1943年の社名改称以来、電気・給排水を含む総合設備工事業者への転換ではなく、空調・熱源・換気に特化する専業路線を貫いてきた。1984年には自社研究機能を持つ総合研究所を新設し、施工受託にとどまらない技術蓄積を進めていた。
内容
2015年12月にインドのICT(インテグレーテッド・クリーンルーム・テクノロジーズ)を持分法適用関連会社化し、2017年11月に株式を追加取得して連結子会社化した。半導体・製薬分野向けのクリーンルーム設計・施工技術を自社グループへ取り込む決断であった。
含意
技術の内製化は2015年3月期以降の業績拡大を支え、2019年に就任した小島和人社長のもとでも半導体・データセンター案件の受注拡大に結びついた。2025年3月期には営業利益率8.5%を計上し、中期経営計画の目標を前倒しで達成した。
筆者の見解

専業のまま技術を持つという選択

高砂熱学工業のこの三十数年は、専業に徹することと技術を持つことを同時に追求した経営判断の連なりとみることができる。総合設備工事業者になれば受注機会は広がるが、電気・給排水を含む全領域で技術力を維持するのは容易ではない。逆に専業に閉じれば技術の幅は広がらない。高砂熱学は、空調・熱源・換気という狭い領域に的を絞ったうえで、自社研究所を持ち、必要な技術を持つ海外企業を子会社に取り込むという道を選んだ。総合化でも受託への専念でもない、専業のまま技術を内製化するという選択が、半導体投資の拡大という追い風と重なったことが今日の高収益体質を導いたとみられる。

もっとも、この技術路線が今後も同じ強さを保つかは、なお不確実な面が残る。半導体投資は循環性が強い産業であり、2020年代後半にラピダスをはじめとする国内投資が一巡した後の受注の厚みは、現時点では見通しにくい。また、ICTの連結子会社化から10年近くが経過し、追加出資で持分を高めてきた経緯からは、インドという一拠点への依存を深めている面もうかがえる。空調専業としての技術蓄積という1984年以来の路線を、特定市場・特定顧客への集中とどう両立させていくかが、今後の高砂熱学に問われる論点であるといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

蒸気暖房専業からの出発と「熱学」への改称

高砂熱学工業は、設立当初は蒸気暖房の設計・施工に事業領域を限っていた。戦時期に軍需工場や官庁施設で空調・熱処理需要が広がるなか、1943年7月に社名を「高砂熱学工業株式会社」へ改めた。「煖房」から「熱学」への商号変更は、蒸気暖房という単一技術から、冷房・換気・熱源・熱処理を含む建築熱環境工学全般へ事業領域を広げる意思表示であった。この社名は現在まで変わっておらず、半導体クリーンルームやデータセンター空調を含む同社の事業領域は、すべてこの「熱学」の延長線上にある[1][2]

改称から26年後の1969年11月、高砂熱学は東京証券取引所市場第二部に上場した。空調・熱源・換気という限られた技術領域に専門性を集中させてきた専業企業が、資本市場から直接に資金を調達できる体制を整えたことは、その後の海外展開や研究投資を支える基盤となった。同社はゼネコン傘下に入る道や、電気・給排水を含む総合設備工事業者への転換ではなく、専業を維持したまま事業規模を広げる道を選んだ[3]

総合研究所の新設による技術蓄積

1984年12月、高砂熱学は東京都内に総合研究所(現・高砂熱学イノベーションセンター)を新設した[4]。設計・施工に特化する同業者が多いなかで、自社の研究機能に投資する経営判断であった。総合研究所では空調・熱源システムの省エネ技術、クリーンルーム技術、熱搬送技術などの応用研究が進められ、後年の高付加価値領域(半導体製造工場・データセンター・バイオ施設)での競争力の源泉となった[5]

研究機能の整備と並行し、高砂熱学は海外現地法人網も広げていた。1980年11月にはマレーシアでT.T.E.エンジニアリング(マレーシア)Sdn.Bhd.を設立し、1984年7月にはタイタカサゴCo.,Ltd.を設立して東南アジアでの現地法人体制を整えた。専業を維持したまま技術と海外拠点を同時に積み上げてきたことが、2010年代以降のインド企業取り込みへつながる土台になった[6][7]

決断

インドICT社の段階的な取り込み

2015年12月、高砂熱学はインドのインテグレーテッド・クリーンルーム・テクノロジーズPvt.Ltd.(ICT)の発行済み株式26.12%を取得し、持分法適用関連会社とした。投資額は数十億円規模であった。ICTは半導体・製薬分野向けのクリーンルーム設備・機器の製造と施工を手掛ける現地企業で、インドや周辺国の製薬企業から広がるクリーンルーム建設需要を取り込む狙いがあった[8][9]

2017年11月、高砂熱学はICTの株式を追加取得し、連結子会社化した。持分法適用会社から連結子会社への移行は、クリーンルーム領域への傾斜を対外的に明確にする経営判断であり、半導体製造工場・バイオ施設・先端電子工場といった高付加価値・高技術集約型の領域への参入意思を示すものであった[10][11]

大内体制が進めた周辺再編の延長

この意思決定を主導したのは、2010年4月に社長へ就任し、2016年4月からは代表取締役会長社長執行役員を兼ねていた大内厚氏であった。大内氏は1975年4月の入社以来、大阪支店長などの現場を経て社長となった生え抜き経営者で、2019年4月に社長職を小島和人氏へ譲るまで9年にわたり社長を務めた[12][13]

大内体制は、本業周辺の再編も同時に進めていた。2014年10月には株式交換により丸誠を完全子会社化し、新会社「高砂丸誠エンジニアリングサービス」を発足させて、新築施工とメンテナンスを両輪で担う体制を整えた。ICTの連結子会社化は、この時期に大内体制が重ねてきた周辺再編の延長線上にあり、施工の前後工程だけでなく、技術そのものを海外企業の取り込みによって獲得する決断であった[14]

結果

業績構造の転換と経営体制を超えた技術路線の継続

ICT連結子会社化を含む高付加価値領域への取り組みは、2015年3月期以降の業績に構造的な変化として表れた。連結売上高は2015年3月期の2,435億円から2018年3月期に2,899億円、2019年3月期に3,198億円へ拡大し、経常利益率は2015年3月期の3.5%から2018年3月期6.0%、2019年3月期5.7%へ改善した。営業利益は2015年3月期の77億円から2018年3月期に163億円へ2.1倍に伸び、設備工事業として上位水準の収益力を示した[15][16]

2019年4月、社長職は大内厚氏から生え抜きの小島和人氏へ引き継がれたが、クリーンルーム・データセンター領域への集中という路線は変わらなかった。2020年4月には総合研究所を発展改組して「高砂熱学イノベーションセンター」を開設し、脱炭素・省エネ・水素関連の研究機能を集約した。コロナ禍で2021年3月期に売上・利益がいったん落ち込んだ後も、クリーンルーム・データセンター案件の需要は底堅く、2022年3月期以降は連続増収の軌道を取り戻した[17][18][19]

半導体特需下での市場評価と2025年3月期の到達点

2024年5月28日、東京株式市場で高砂熱学株は一時前日比8%高の6,540円をつけ、上場来高値を更新した。半導体工場向けの受注拡大を背景とする業績拡大への期待が買いを集めた結果であった。同年7月には、時価総額でゼネコン各社に迫る水準まで株価が上昇し、省エネ空調システムの強みと、半導体・生成AI関連の設備投資需要を取り込むとの期待が評価の背景として挙げられた[20][21]

2025年3月期の連結業績は、売上高3,816億円(前期比5.0%増)、営業利益324億円(同34%増)、経常利益350億円(同34%増)、当期純利益276億円(同41%増)となった。営業利益率8.5%は中期経営計画「Make Mark 2025」の最終年度目標8.0%を上回り、目標を前倒しで達成した。小島和人社長は半導体工場建設を追い風に、次世代半導体を手掛けるラピダスからのクリーンルーム受注を見込んでいると述べ、独自開発の空調機械「TCR-SWIT」の省エネ性能が評価されていると説明した[22][23][24]

出典・参考