高砂熱学工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

冷やす技術を自社で作り、扱う温度域を広げてきた会社である。1929年、取締役の柳町政之助氏は会社初の海外出張でW.H.キャリア博士にヒートポンプの見込みを確かめ、翌1930年に荏原製作所と共同でターボ冷凍機の国産機を試作した。1937年には京都電燈本社新館で、ボイラを使わず地下水を熱源とするヒートポンプ式冷暖房を完成させる。1939年には米国製品のカタログ1部を手がかりに国産初の強制通風冷却塔を仕上げた。一方で1936年に置いた新京の出張所は2年で閉鎖し、国内の得意先に人手を戻している。

  • 2017年11月 インテグレーテッド社を子会社化
    業績の推移
    201620172022
    売上高(億円)2,5132,6023,027
    営業利益率(%)3.74.84.8

免責事項およびポリシー