決断
どの完成車メーカーにも過半を渡さない代わりに、技術は外から借り続けた。1960年10月、曙ブレーキ工業は米英仏3社と技術提携を締結し、岩槻製造所へ資本金の数倍を投じた。摩擦材1品目の供給から、ブレーキ装置全体を手掛ける会社へ移るためである。技術は契約で借り、量産の工場とテストコースだけは自前で建てた。新車組付用ライニングの占有率は約65%に達し、日産・トヨタ・いすゞ・三菱が株主に並びながら、いずれも決定権を持たない構成が保たれる。1986年10月にはGMとの合弁アムブレーキを設立して、四半世紀にわたる筆頭株主との関係を打ち切って米国生産へ移った。借りる相手を替えながら過半を渡さなかったことが、ほぼ全ての完成車メーカーへ納入できる立場を55年守った。
2019年1月 事業再生ADRの申請
事業再生ADRの申請北米事業の赤字と資金繰りの逼迫に対し、私的整理の枠組みで金融債務を圧縮し、拡大した生産拠点を計画的に減らした再建同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ有利子負債と純資産2018 2019 2024 有利子負債(億円) 1,097 1,137 493 純資産(億円) 315 79 605 1986年10月 GM合弁アムブレーキ設立
1962年 ベンディックス提携と岩槻製造所
業績の推移1961 1962 1967 売上高(億円) 17 25 72 純利益率(%) − − 2.8