曙ブレーキ工業事業再生ADRの申請と560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小
法的整理によらず私的整理で財務を作り直し、拡大した生産網を畳んだ5年間
- 概要
- 曙ブレーキ工業は2019年1月29日に事業再生ADR手続を申請し、同年9月18日に事業再生計画を成立させた。取引金融機関から総額560億円の債権放棄を受け、企業再生ファンドのジャパン・インダストリアル・ソリューションズ(JIS)が200億円を出資、国内外の生産拠点の閉鎖・売却・縮小を計画に織り込んだ。
- 背景
- 2009年に譲り受けた独ロバート・ボッシュの北米ブレーキ事業には採算の悪い受注が多く含まれ、2014年からの増産対応では緊急輸送費など90億円を超える追加費用が発生した。2016年3月期は売上高2,813億円と過去最高を更新しながら当期純損失195億円を計上し、2019年3月期の当期純損失は183億円に達した。
- 内容
- 計画期間は2019年9月18日から2024年6月30日まで。北米では米国テネシー州・サウスカロライナ州の生産2拠点を閉鎖、欧州ではフランスのアラス工場とスロバキア工場の提携または売却を計画し、国内は当初の山陽製造の縮小・閉鎖と福島製造の縮小から国内4工場の縮小へ計画を改めた。本社間接系従業員の早期退職には154名が応募した。
- 含意
- 2020年3月期は債務免除益560億円を特別利益に計上し、自己資本比率は1.7%から32.5%へ、有利子負債は1,137億円から540億円へ改善した。2019年9月30日付で信元久隆会長兼社長ら代表取締役3人が引責辞任し、半世紀余り続いた信元家の経営が終わった。
減らした拠点の数が示すもの
事業再生ADRは、裁判所の手続によらず取引金融機関だけを相手に債務を調整する枠組みで、仕入先や顧客との取引を止めずに済む点に利点がある。曙ブレーキの場合も、申請から成立まで約8カ月の間、国内の顧客との関係に大きな変化はなかったと会社は説明している。ただし、金融支援が改善するのは貸借対照表であり、損益計算書ではない。債務免除益560億円は2020年3月期の当期純利益249億円を生んだが、その期の営業利益は37億円にとどまり、翌期の売上高は1,340億円まで縮んだ。
拠点の数は、この5年間に起きたことを端的に示している。2009年にボッシュから2工場を譲り受けて4工場となった米国は、2020年にその2工場を閉じて2工場に戻り、GM合弁で建てたエリザベスタウン工場も2025年12月に閉じる。残るのは1994年に設けたグラスゴーの摩擦材工場ひとつで、拡張に15年、縮小に5年を要した計算になる。曙ブレーキ工業が2030年度に掲げる営業利益150億円は、拠点を増やして稼いだ2008年3月期の水準を、拠点を絞った体制で取り戻すという目標にあたる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
譲り受けた北米事業と低採算の受注
2009年9月、曙ブレーキ工業は独ロバート・ボッシュと北米ブレーキ事業の譲渡契約を結び、同年12月に正式に譲り受けた。テネシー州クラークスビル、サウスカロライナ州コロンビアの2工場が加わって米国は4工場体制となり、米大手完成車メーカーとの取引が一度に増える。連結売上高は2010年3月期の1,306億円から2011年3月期には2,166億円へ伸び、85年史はこの譲受をベンディックス提携、GM合弁に続く「第3の転換期」と記した[1][2]。
譲り受けた事業には採算の悪い受注が多く含まれ、北米事業は2010年から苦しい状態が続いた。2014年秋以降は生産が混乱する。米国市場で大型ピックアップやSUVの販売が伸び、完成車メーカーの要求数量を受けきった結果、エリザベスタウン工場では人件費が膨らみ、グラスゴー工場では増設した設備を動かす人材を確保できず、メキシコ・欧州向けのチャーター便による空輸が日常になった。2016年3月期の米国事業は緊急輸送費40億円、労務費28億円など90億円を超える追加費用を抱え、営業損失97億円の見通しとなる。会社は「売上を重視するあまり、多少採算が悪くても受注をするという本来あってはならない体質があった」と説明した[3][4]。
利益重視への転換と、間に合わなかった時間
2015年11月には、補修部品の売上2.1億円が自社の出荷基準を満たさないまま計上されていた不適切会計の可能性が判明し、社外監査役の弁護士を委員長とする調査委員会が設けられ、決算発表は12月中旬へ延期された。2016年3月期は売上高2,813億円と過去最高を更新しながら、営業損失38億円、米国固定資産の減損118億円などで当期純損失195億円を計上する。同年策定の中期経営計画では売上拡大の追求を改めて利益重視への転換を掲げ、企業再建の実績を持つCEOを外部から採用して北米の経営体制を入れ替えた[5][6]。
立て直しは計画に届かなかった。2018年3月期にいったん営業利益81億円まで戻した業績は、2019年3月期には営業利益2億円へ縮み、北米・欧州を中心とする減損損失151億円を含めて当期純損失183億円となる。2019年3月末の有利子負債は1,137億円、自己資本は29億円で、自己資本比率は1.7%まで落ちた。米国の不動産と土地建物は合計約7,200万ドル、機械設備を含めると約1億5,000万ドルの規模があり、資産の売却だけで資金を賄える状態ではなくなっていた[7][8]。
決断
2019年1月29日の事業再生ADR申請
2019年1月29日、曙ブレーキ工業は産業競争力強化法に基づく特定認証紛争解決手続、いわゆる事業再生ADR手続を申請した。この手続は債権者を取引金融機関に限り、仕入先や顧客との商取引を通常どおり続けたまま金融債務の調整を進める私的整理にあたる。東証一部に上場する大手部品メーカーによる申請であった。申請後、曙ブレーキは手元資金を日繰りで管理する状態に入り、米国では給与支払いが月に数回あることなどから月中の最低残高と月末残高の差が大きいという課題も表面化した[9][10]。
申請は取引にも影響した。米国では財務状況を理由に新しい受注を得ることが難しくなり、会社は技術への関心は続いているとして、新型車をめぐる技術者同士の対話を継続したと説明している。日本の顧客との関係については、申請によって変化が生じたという話はないと述べた。2020年3月期の連結業績予想は、事業再生計画案の策定中を理由に未定とされた[11]。
2019年9月18日、560億円の債権放棄で成立した再生計画
2019年9月18日、全ての取引金融機関の同意を得て事業再生計画が成立した。日本経済新聞は、取引金融機関37行から総額560億円の債権放棄を受けたと報じている。曙ブレーキが2020年3月期に特別利益として計上した債務免除益は560億円で、固定資産売却益59億円とあわせ、固定資産の減損損失250億円、リコール関連損失78億円などを吸収した。企業再生ファンドのジャパン・インダストリアル・ソリューションズは総額200億円のA種種類株式を引き受け、第三者割当増資により資本剰余金は199億円増えた。計画期間は成立日から2024年6月30日までと定められた[12][13][14]。
経営体制も同時に改まった。取締役会は社内取締役2名と社外取締役3名で構成し、JISファンドから執行役員の派遣を受けて構造改革の進み具合を監視する形をとった。2019年9月30日付で信元久隆会長兼社長ら代表取締役3人が引責辞任し、1960年代から続いた信元家の親子による経営が終わる。10月には、自動車機器(現ボッシュ)出身で日本電産の常務も務めた宮地康弘氏が社長CEOに就いた[15][16]。
結果
閉じた工場と、作り直した貸借対照表
事業構造改革は地域ごとに進んだ。北米では米国テネシー州とサウスカロライナ州の生産2拠点の閉鎖を決め、テネシー州の工場は2020年8月、サウスカロライナ州の工場は同年9月の閉鎖を予定していたが、新型コロナウイルスの影響で資産売却などの手続に時間を要し2カ月ほど遅れた。欧州ではフランスのアラス工場とスロバキア工場について損失の生じない形での提携または売却を計画し、実現しない場合は新規受注と新規投資を止めて既存製品の生産終了まで続けたうえで閉鎖する方針を示した。国内は当初、山陽製造の段階的な縮小・閉鎖と福島製造の縮小を計画したが、2020年3月に国内4工場の縮小へ改めている。本社間接系従業員の早期退職措置には154名が応募し、実施期間中の自己都合退職者32名を含めて人員削減の計画はおおむね達成される見込みとなった[17][18][19]。
財務の姿は1年で変わった。2020年3月期の当期純利益は249億円となり、2019年3月末に29億円だった自己資本は484億円へ、自己資本比率は1.7%から32.5%へ回復し、有利子負債は1,137億円から540億円へ減った。一方で売上高は1,933億円と前期比20.7%減り、翌2021年3月期には1,340億円まで縮む。宮地康弘社長は2023年の取材に、事業再生計画を策定したときにはコロナ禍や半導体不足を想定していなかったとし、半導体不足の前には損益分岐点が2割ほど改善していたと述べている[20][21][22]。
借入金の完済と、その先に残った赤字
2024年6月、曙ブレーキ工業は借入金を完済し、約5年間の事業再生計画期間を予定どおり終えた。総括では日本・欧州・北米の構造改革の効果を示す一方、北米事業には営業赤字が残った。2025年8月に公表した再生完了後で初めての中期経営計画では、赤字が続く米国のメカ製品工場を2025年12月をめどに閉鎖して米国を摩擦材の1工場に絞り、中国広州子会社の持分譲渡やインドネシア新工場への移転を進めるとした。営業利益の目標は2027年度80億円、2030年度150億円で、長岡宏社長は150億円を過去最高益と同じ水準と説明している[23][24][25]。
経営陣も入れ替わった。2024年度からは、完成車メーカーでシャシー設計に携わり曙ブレーキと取引のあった長岡宏氏が社長CEOを務める。長岡宏社長は、過去最高益が出ていた2007年ごろの曙ブレーキを歴史も技術力もあり財務状態もしっかりした会社と認識していたと述べ、その状態へ早く戻して再成長を目指すと語った。次の成長策としては、二輪車事業でのインド・アセアン市場への参入検討を挙げている。2026年3月期の連結売上高は1,601億円、当期純利益は18億円であった[26][27]。
- 日本経済新聞 2019年9月18日「曙ブレーキ、ADR成立 銀行団が560億円債権放棄」
- 曙ブレーキ工業 2020年3月期 決算説明会資料
- 曙ブレーキ工業 2019年3月期 決算説明会 質疑応答
- 曙ブレーキ工業 2014年3月期 決算説明会 質疑応答
- 曙ブレーキ工業 2015年11月4日付プレスリリース事情説明会(概要)
- 曙ブレーキ工業 2024年3月期 決算説明会 質疑応答
- 曙ブレーキ工業 有価証券報告書(2020年3月期)
- 週刊東洋経済 2023年12月2日号「トップに直撃 曙ブレーキ工業 社長CEO 宮地康弘」
- レスポンス 2019年8月27日「曙ブレーキ、信元会長ら代表取締役3人が引責辞任へ」
- 曙ブレーキグループ85年史(2015年6月)