二本柱同時不振と1143名の希望退職──2016年の全社構造改革

2017年実施

半導体露光装置とカメラが同時に沈んだニコンは、なぜ1143名の希望退職と大規模な特別損失に踏み込んだのか

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時期 2016年11月
意思決定者 牛田一雄(社長)・岡昌志(副社長兼CFO・三菱UFJから外部登用/構造改革を主導)
論点 二本柱同時不振下での全社構造改革と人員削減
概要
2016年、半導体露光装置と映像の二つの主力事業が同時に不振へ沈んだニコンは、牛田一雄社長のもと、三菱UFJ出身で2016年に外部登用された岡昌志副社長兼CFOの主導で全社の構造改革に踏み込んだ。国内社員の約1割にあたる1143名の希望退職を含め、構造改革の特別損失は当初見込みの480億円から530億円へ増えた(2017年3月期の実績は533億円)。半導体装置事業の黒字化と映像事業の選択と集中で短期の採算は戻したが、既存事業の縮小にとどまり、次の成長事業は残された。
背景
半導体露光装置は1990年代末に世界シェア5割超を握ったが、台湾・韓国の新興顧客への転換に後れ、オランダのASMLに約8割の寡占を許して慢性的な赤字体質に陥った。カメラ事業もスマートフォンの普及で入門機の需要を失い、ソニーやキヤノンが先行したミラーレス化にも追われ、映像市場は想定を超えて縮んだ。祖業の延長にある二本柱が同時に揺らいだ。
内容
2016年11月8日、ニコンは全社の構造改革を公表し、半導体装置事業で約1000人、映像事業で約350人、本社部門で約200人の人員適正化を掲げ、1000人規模の希望退職を募った。2017年2月13日には希望退職へ1143名が応募し、退職特別加算金など約167億円を含む構造改革費用を2017年3月期に特別損失として計上した。
含意
半導体装置事業は翌2018年3月期に黒字へ転じ、映像事業も機種を絞って採算を戻すという短期の成果は得た。しかし二本柱を縮めて損益を立て直す縮小均衡にとどまり、次の収益の柱は育たないまま残り、後年のSLMやREDの買収による多角化という課題へつながった。
筆者の見解

止血の速さと、成長の設計は別物である

この判断の核心は、勝ち目の薄い戦線を見極めて先に損を確定させ、まず利益の出る体に戻すことにあった。半導体露光装置でASMLとの規模差を「挽回できない」と割り切ったのは、祖業の技術に自負を持つ社内から見れば重い決断だったはずである。金融の出身で数字に立つ外部の岡副社長が構造改革の前面に立ち、牛田社長が祖業の継承を掲げて社内をつなぐ——攻めの縮小と守りの継承を役割で分けたところに、この構造改革の性格が表れている。

もっとも、縮小均衡は次の柱を生まない。二本柱を縮めて採算を戻す手当ては、失血を止めることには成功したが、そこから何を育てるかまでは答えていない。1143名の希望退職と530億円規模の特別損失という痛みの代償に見合う成長を、ニコンはいまも探している。下降のときに規模を絞って守りを固めることと、その先に新しい収益源を築くことは別の仕事であり、前者を断行できた会社が後者でつまずく例は少なくない。2016年の構造改革は、止血の速さと成長の設計は別物だという問いを、後年のニコンに残した。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

半導体露光装置とカメラ、二本柱の同時不振

ニコンの半導体露光装置事業は、1990年代末には世界シェアの5割超を握る主力だった。だが半導体生産の中心が台湾・韓国の新興メーカーへ移るなかで、国内顧客との協業に立った事業のやり方が転換の後れを招き、早くから新興顧客をつかんだオランダのASMLに約8割の寡占を許した。シェアの縮小は研究開発の原資を細らせ、次世代機で資金的に劣後する悪循環となり、半導体装置事業は慢性的な赤字体質に沈んだ[1]

もう一方の主力であるカメラ事業も、2010年代半ばからスマートフォンの普及で入門機とコンパクト機の市場を失った。加えて、ソニーやキヤノンが先行したミラーレス機への移行に後れ、報道用・プロ用の高級機という戦後ニコンの看板領域でも、像面位相差オートフォーカスと電子ファインダーを備えた新世代機に応じる開発資源の確保が難しくなった。映像市場の縮小は会社の想定を超えて進み、露光装置とカメラという二つの柱が同時に不振へ沈んだ[2]

決断

外部登用の岡副社長が主導した全社構造改革

牛田一雄社長は、半導体でのシェア奪回と、祖業である光学・精密技術の継承を両輪に掲げていた。その方針の下で構造改革の実務を担ったのが、三菱UFJの出身で2016年にニコンへ外部登用された岡昌志副社長兼CFOだった。2016年11月8日、ニコンは半導体装置事業で約1000人、映像事業で約350人、本社部門で約200人の人員適正化を柱とする全社構造改革を公表した。岡は半導体露光装置について、ASMLとの規模の差から生じる競争力の差はもはや挽回できないとの見方を示し、最先端の開発で正面から競わない路線へと事業を絞った[3][4]

希望退職の募集は2016年12月から2017年2月にかけて行われ、目標の1000人に対し、国内社員の約1割にあたる1143名が応募した。退職特別加算金など希望退職に伴う費用は約167億円にのぼり、これを含む構造改革の特別損失は当初見込みの480億円から530億円へ増えた(2017年3月期の実績は533億円)。半導体装置事業は在庫の評価減と廃棄を進めて翌期の黒字化をめざし、映像事業は機種と拠点を絞る選択と集中に向かった[5][6]

結果

短期の採算回復と、残された縮小均衡

構造改革の費用が重なった2017年3月期、ニコンの連結売上高は7488億円、営業利益はわずか8億円に落ち、最終損益は71億円の赤字となった。だが痛みを先に計上した効果は翌期に表れた。2018年3月期には半導体装置事業が黒字へ転じ、映像事業も機種を絞って採算を戻し、連結営業利益は562億円、純利益は347億円へ回復した。人員と事業を縮めて損益を立て直すという当初の狙いは、数字の上では短期に達成された[7]

しかし、この立て直しは二本柱を縮めることで採算を戻す縮小均衡にとどまった。半導体露光装置はASMLの寡占の外で最先端を避ける位置に退き、カメラはスマートフォンに侵食された市場でブランドと高級機を守る戦いが残った。牛田の後を継いだ馬立稔和社長は2019年の就任時から次の成長の柱の育成を掲げ、2022年には最大3000億円のM&A枠を準備すると公表して、金属3DプリンターのドイツSLMや映画用カメラの米REDの買収による多角化へ向かった。2016年の構造改革が残した「次の柱をどう育てるか」という課題は、次代へ持ち越された[8][9]

出典・参考