ニコンの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

同じレンズの技術を、需要が消えるたびに別の顧客産業へ差し向けてきた。1945年に軍需を失うと大井工場を除く19工場を閉鎖して約2万名を整理し、1,724名の態勢で高級カメラの量産へ転じた。1976年発足の超LSI技術研究組合に参画し、ルーリングエンジンなど傍流の精密光学を扱ってきた特機部門の吉田庄一郎氏らが1980年に初号機NSR-1010Gを完成、翌年からNEC・東芝への納入が始まる。1983年には露光装置で世界シェア首位に立ち、FY1984の半導体関連機器の売上高は567億円へ拡大した。三度の転用を続けられたのは、光学ガラスの溶融から研磨までを社内に残したためである。

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