中国でカメラの現地生産を開始
デジタルカメラの普及に伴い、低価格帯の量産拠点として中国進出を決定
2000年代初頭はデジタルカメラが急速に普及し、フィルムカメラからデジタルへの移行が本格化した時期であった。デジタルカメラはフィルムカメラに比べて部品点数が多く、電子部品の調達コストが製品価格に直結するため、低価格帯の量産には東南アジアよりもさらに人件費の低い生産拠点が求められた。ニコンはすでにタイでカメラの現地生産を行っていたが、コンパクトデジタルカメラの量産には中国の労働力とサプライチェーンが適していると判断した。
2002年にニコンは現地法人Nikon Imaging Chinaを設立し、中国におけるデジタルカメラの量産を開始した。対象機種は汎用的なコンパクトデジタルカメラであり、タイが一眼レフを中心に担当し、中国がコンパクト機を担当するという品目別の分業体制が構築された。
スマートフォンの普及でコンパクトデジカメ市場が消滅し、中国からの撤退を決断
2008年のリーマンショックで中国における生産を一時縮小したが、この時点では景気変動の影響として一時的な調整と認識されていた。しかし2010年代前半にスマートフォンが全世界的に普及し、高性能なイメージセンサーを搭載したスマホカメラの台頭により、コンパクトデジタルカメラの需要が構造的に減少した。2010年代後半にはコンパクトデジタルカメラという品種自体が市場からほぼ消滅する事態に至った。
2017年にニコンは中国におけるカメラの現地生産の中止を決断した。中国工場が担当していたコンパクトデジタルカメラの需要が消滅したことで、拠点を維持する合理性が失われた。海外生産は一眼レフ・ミラーレスを中心とするタイを残す形となった。
コンパクト機の消滅でタイ一極集中体制に回帰、中国進出は15年で終了
中国進出から撤退までは約15年であった。デジタルカメラの普及期に量産拠点として設置した中国工場は、スマートフォンの登場によりコンパクトデジカメ市場が消滅したことで存在意義を失った。ニコンの海外生産体制はタイ一極集中に回帰し、中国進出以前の構造に戻る形となった。
中国撤退は、カメラ市場における構造変化の深刻さを象徴する出来事であった。ニコンはスマートフォンのイメージセンサーについても自社開発ではなくソニーからの供給に依存しており、スマホの普及による需要の構造変化を自社の成長に取り込むことができなかった。カメラメーカーとして市場の縮小に直面する中で、映像事業の抜本的な見直しが不可避となった。