- FY04以降の社長は苅谷道郎・木村眞琴・牛田一雄・馬立稔和の4名。CSV上で経歴を確認できる牛田一雄(1975年ニコン入社)・馬立稔和(1980年ニコン入社)はいずれも生え抜き。外部出身の社長は確認できない。
- 苅谷道郎はFY04〜FY08の約5年、木村眞琴はFY09〜FY12の約4年、牛田一雄はFY13〜FY17の約5年、馬立稔和はFY18〜FY24の約7年と、4〜7年での交代サイクル。
- 直近の馬立稔和は半導体露光装置・精機事業の責任者を経て社長へと昇格。ニコンのCEO人事は精機・映像など事業執行系から登用される系譜である。
1946〜1957年・12年/生え抜き
1958〜1961年・1963〜1967年・通算9年/生え抜き
1962〜1962年・1年/生え抜き
1968〜1971年・4年/生え抜き
1972〜1977年・6年/外部出身
1978〜1981年・4年/生え抜き
1982〜1987年・6年/生え抜き
1988〜1991年・4年/生え抜き
1992〜1995年・4年/生え抜き
1996〜1999年・4年/生え抜き
2000〜2003年・4年/生え抜き
2004〜2008年・5年/生え抜き
2009〜2012年・4年/生え抜き
2013〜2017年・5年/生え抜き
2018〜2022年・5年/生え抜き
2023〜2024年・2年/外部出身
大村泰弘現任
2025年〜現在・2年/生え抜き
大村泰弘
おおむら やすひろ
生え抜き(1992年入社)。露光装置の投影レンズ設計から光学本部長・CTOを務め、2026年4月に社長へ
德成旨亮
とくなり むねちか
外部出身(三菱信託銀行→三菱UFJフィナンシャル・グループCFO)。2020年4月にニコンへ専務執行役員として入社しCFOを務め、2024年4月に社長へ
馬立稔和
うまたて としかず
生え抜き(1980年入社)。精機(半導体露光装置)事業を歩み、常務執行役員から社長執行役員へ
牛田一雄
うしだ かずお
生え抜き(1975年入社)。2013年に代表取締役兼副社長執行役員、2014年6月に社長へ
木村眞琴
きむら まこと
生え抜き(1974年入社)。2009年に副社長執行役員、2010年6月に社長へ
苅谷道郎
かりや みちお
生え抜き(1967年入社)。レンズ開発の技術者から映像カンパニープレジデント・精機カンパニープレジデントと二つの主力事業のトップを歴任し、副社長を経て社長へ
嶋村輝郎
しまむら てるお
生え抜き(1964年入社)。ステッパーの営業畑を歩み、精機事業部長・精機カンパニープレジデントを経て社長へ
吉田庄一郎
よしだ しょういちろう
生え抜き(1956年入社)。天体望遠鏡・回折格子製造装置の設計から半導体露光装置(ステッパー)の製品化を主導し、精機事業部長・副社長を経て社長へ
小野茂夫
おの しげお
生え抜き(1954年入社)。カメラ事業部長などを経て1993年6月に社長へ
荘孝次
しょう こうじ
生え抜き(1952年入社)。取締役・常務・副社長を経て1989年6月に社長へ
福岡成忠
ふくおか しげただ
生え抜き(1940年入社)。初代精機事業部長として半導体製造装置(ステッパー)事業を立ち上げ、副社長を経て社長へ
小秋元隆輝
こあきもと たかてる
生え抜き(1936年入社)。電気露出計・光電素子の研究とカメラ用検査機器の開発を担い、カメラ事業部長・副社長を経て社長へ
彌永恭二郎
いやなが きょうじろう
外部出身(三菱銀行)。三菱銀行常務取締役から1969年に日本光学工業副社長へ転じ、1973年に社長へ
杉豊
すぎ ゆたか
生え抜き(1929年入社)。常務取締役を経て1969年5月に社長へ
浜島昇
はまじま のぼる
生え抜き(1930年入社)。1963年5月に社長就任、同年9月に在職のまま死去
白濱浩
しらはま ひろし
生え抜き(1925年入社)。1959年5月から1963年5月まで社長、浜島昇の急逝を受けて1963年9月から1969年5月まで再び社長を務めた
長岡正男
ながおか まさお
生え抜き(1922年入社)。硝子製造所長として光学ガラスの開発を率い、戦後の1947年に社長へ