ニコン DSP-100の受注開始 前工程で失った首位の、後工程のデジタル露光での立て直し
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何をなぜ決めたか
- 概要
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半導体露光装置(ステッパー)で1980年代に世界首位を握ったニコンが、ArF液浸を経てオランダのASMLに逆転され、EUVの開発からも退いた。前工程での正面決戦を事実上手放した会社が、次の収益源に据えたのが、精機事業の新規分野である半導体アドバンストパッケージング分野である。
2025年7月、高解像度かつ大型基板に対応したデジタル露光装置「DSP-100」の受注を開始した。ニコン初の半導体製造の後工程向け露光装置であり、上市は2026年度を予定する。
- 背景
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1980年に傍流の特機部門から生まれたステッパーで世界の8割を握ったが、1990年代前半には後発キヤノンの追い上げでシェアが崩れ、1997年には最新機の品質苦情が新興顧客から相次いだ。国内顧客との密着で磨いた強みが、顧客地図の塗り替えの前で制約に転じた。
半導体の生産が台湾・韓国へ移るなか、新興顧客と先行協業したASMLに前工程を奪われ、EUVでも先頭に立てなかった。精機事業の売上収益は2024年3月期の2,193億79百万円から2026年3月期の1,672億58百万円へ縮み、営業損益は45億65百万円の損失に沈んだ。
- 内容
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DSP-100は、長年培った半導体露光装置の「高解像技術」と、FPD露光装置のマルチレンズテクノロジーによる「高生産性」を融合させた装置である。複数の投影レンズを並べて精密に制御し、1回の露光でより広い範囲へパターニングできる技術が、大型基板を扱う後工程に効く。特長は画角の広い露光フィールドと高い生産性で、大型のチップが配置されるAI向けサーバーなどのデータセンター向け用途を狙う。
前工程を手放したわけではない。他社ArF液浸露光装置との互換性を追求した新プラットフォームの開発を主要半導体メーカーと共同で始めており、市場投入は2028年度以降を見込む。
- 含意
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2026年5月に発表した中期経営計画(2026-2030年度)は、精機事業を「企業価値最大化に挑戦する事業」に位置づけ、成長を期待するビジネスとして半導体露光装置・デジタル露光装置を掲げた。5年間で最大8,000億円を配分し、その90%を成長投資に、うち50%以上を注力分野を擁する事業に集中させる。2030年度の目標は売上収益1兆円・営業利益800億円である。
かつて会社の浮沈を左右した露光装置は、いまや一事業に縮んだ。正面から取り返すのではなく、隣接する後工程で光学と精密の技術を活かし直す——放棄と再定義を同時に選んだ判断である。
いつ何が起きたか 8件
筆者の見解
首位を、正面ではなく隣で受け直す
この判断の核心は、失った首位を前工程で取り返そうとしなかった点にある。ArF液浸からEUVへと進む前工程の微細化競争で、ニコンはASMLに逆転され、資金でも顧客基盤でも劣後した。そこで正面決戦に固執すれば、劣位の戦に資源を吸われ続ける。国内顧客密着という1980年代の成功方程式が、台湾・韓国への顧客地図の塗り替えの前で弱点に転じた——その痛点を認めたうえで、FPD露光装置で磨いたマルチレンズテクノロジーという手持ちの強みが利く市場を選び直したところに、この転進の合理がある。露光装置の高解像技術と大型基板を一息に露光する生産性は、もともと別の事業で育った資産だった。
もっとも、後工程はまだ一台の売上も積んでいない。DSP-100の受注が始まったのは2025年7月で、上市は2026年度、精機事業は2026年3月期に45億65百万円の営業損失を計上している。中期経営計画が掲げる2030年度の営業利益800億円は、この分野が育つことを前提に置いた数字だが、前工程の新プラットフォームの市場投入も2028年度以降で、それまでは細る売上を抱えたまま開発費を払い続けることになる。首位を失った企業が正面の奪還ではなく隣接市場での再定義に賭けるとき、過去の敗因をどこまで断てるか。DSP-100の投入はその最初の一手にすぎず、後工程での成否は本稿の時点でなお見通せない。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
後工程への転進の条件
後工程への転進の条件
| 科目 | 概要 | 備考 |
|---|---|---|
| 対象の事業 | 精機事業の半導体アドバンストパッケージング分野 | 精機事業の新規分野として立ち上げた。FPD露光装置と半導体露光装置に続く三つ目 |
| 製品 | デジタル露光装置「DSP-100」 | 高解像度かつ大型基板に対応。ニコン初となる半導体製造の後工程向け露光装置 |
| 技術の出どころ | 半導体露光装置とFPD露光装置の技術の融合 | 半導体露光装置の高解像技術と、FPD露光装置のマルチレンズテクノロジーによる高生産性 |
| 受注開始 | 2025年7月 | 開発は2025年3月期から進めていた。上市は2026年度を予定する |
| 狙う用途 | AI向けサーバーなどのデータセンター向け | 大型のチップが配置されるチップレット向け。画角の広い露光フィールドと高い生産性が効く |
| 精機事業の研究開発投資 | 21,622百万円(2026年3月期) | 前期は20,296百万円。全社の研究開発投資は77,195百万円 |
| 前工程の継続 | 新プラットフォームArF液浸露光装置 | 他社ArF液浸露光装置との互換性を追求し主要半導体メーカーと共同開発。投入は2028年度以降 |
| 中期経営計画での位置づけ | 企業価値最大化に挑戦する事業 | 2026-2030年度計画。精機とデジタルマニュファクチャリングを積極投資の対象に据えた |
| 2030年度の数値目標 | 売上収益1兆円・営業利益800億円 | 全社ROIC7%・ROE10%。成長を期待するビジネスに半導体露光装置・デジタル露光装置 |
| 資本配分 | 最大8,000億円(2026-2030年度) | 90%を成長投資に充て、そのうち50%以上を注力分野を擁する事業に集中させる |
出所:ニコン 有価証券報告書 第161期(2025年3月期)・第162期(2026年3月期)【研究開発活動】【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
精機事業の売上収益とセグメント利益
ニコン:精機事業の売上収益とセグメント利益
| (百万円) | 売上収益 | セグメント利益 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2021年3月期 | 184,777 | 1,400 | |
| 2022年3月期 | 211,216 | 27,719 | |
| 2023年3月期 | 203,262 | 24,386 | |
| 2024年3月期 | 219,379 | 15,179 | |
| 2025年3月期 | 201,963 | 1,544 | FPD露光装置の販売台数とサービス収益が減り、減収減益となった |
| 2026年3月期 | 167,258 | △4,565 | DSP-100の受注を開始。FPD露光装置とArF露光装置の販売台数減で営業損失へ |
出所:ニコン 有価証券報告書 第157〜162期(セグメント情報。各期の当期欄で統一した)
精機事業の研究開発投資と設備投資額
ニコン:精機事業の研究開発投資と設備投資額
| (百万円) | 研究開発投資 | 設備投資額 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2021年3月期 | 25,817 | 7,710 | |
| 2022年3月期 | 28,609 | 6,918 | |
| 2023年3月期 | 20,979 | 6,946 | |
| 2024年3月期 | 20,710 | 8,921 | |
| 2025年3月期 | 20,296 | 9,355 | ArF液浸露光装置の新プラットフォームを主要半導体メーカーと共同で開発し始めた |
| 2026年3月期 | 21,622 | 9,723 | DSP-100のほかArFスキャナー「NSR-S333F」とFPD露光装置「FX-88SL」を開発 |
出所:ニコン 有価証券報告書 第157〜162期【研究開発活動】【設備の状況】
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参考文献
- 日経ビジネス 1992年2月10日号
- 日経ビジネス 1997年10月6日号
- 日経ビジネス 1997年10月13日号
- ニコン ニュースリリース「デジタル露光装置「DSP-100」の受注開始」
- ニコン 有価証券報告書「第161期(2025年3月期)【研究開発活動】」
- ニコン 有価証券報告書「第162期(2026年3月期)【研究開発活動】【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】」
- ニコン 決算説明会質疑応答「2025年3月期決算説明会 質疑応答」
- ニコン 決算説明会質疑応答「2026年3月期第1四半期決算説明会 質疑応答」