HOYA の歴代社長

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1957年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

鈴木哲夫退任

1957年社長就任

代表取締役社長代表取締役社長(復帰)

島田義退任

1967年社長就任

1965年入社

山中衛退任

1993年社長就任

1965年入社1983年取締役代表取締役社長

鈴木洋退任

2000年社長就任

1985年入社1993年取締役代表取締役社長

池田英一郎現任

2022年社長就任

1992年入社代表執行役CEO
創業社長の関係
創業

1941年11月、製紙業を営んでいた山中正一氏と山中茂氏の兄弟が東京府北多摩郡保谷町に東洋光学硝子製造所を興した。創業家出身の社長は2代で、1957年に病に倒れたのを機に、山中茂氏の娘婿で32歳の技師長だった鈴木哲夫氏へ渡る。以後は鈴木家と山中家が交互にトップを出し、その系譜は2022年に途切れた。

社長登用の傾向
登用

直近20年のトップは創業家の鈴木洋氏と生え抜きの池田英一郎氏の2人しかいない。池田英一郎氏は1992年入社で、メモリーディスクの技術者から光学レンズ部門長、情報通信担当COO、CTOを経てCEOに就いた。外から直接招いたのは1967年の島田義氏だけで、技術畑を上げる型が続いているように見える。

社長任期の傾向
任期

最長は鈴木哲夫氏の通算33年で、1967年に赤字の責任を取って退いた後、株式を買い増して1970年に復帰している。次いで鈴木洋氏が21年9か月。直近3代は山中衛氏が7年、鈴木洋氏が21年、池田英一郎氏が2026年8月時点で4年5か月である。長期政権は創業家の持株が支えたと推定される。

いまの体制への含意
含意

2003年に指名委員会等設置会社へ移り、取締役7名のうち5名が社外、指名委員会は社外5名だけで構成される。日本では最も早く形を整えた部類にある。ただし取締役会の議長はCEOの池田英一郎氏本人であり、CEOの後継計画は2024年度の実効性評価で課題に挙げられ、いまも指名委員会で議論が続いている。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
鈴木哲夫(1957年就任)1957〜1967年・1970〜1993年1957年就任通算約33年退任生え抜き代表取締役社長
島田義(1967年就任)1967〜1970年1967年就任3年退任外部出身代表取締役社長
山中衛(1993年就任)1993〜2000年1993年就任7年退任創業家代表取締役社長決断1997年SVA導入と本社50人化
鈴木洋(2000年就任)2000〜2022年2000年就任22年退任創業家代表取締役社長決断2003年米国型ガバナンスへ移行2007年ペンタックスの買収2012年ライフケアへの優先投資
池田英一郎(2022年就任)2022年〜現任2022年就任5年現任生え抜き代表執行役CEO1992年4月にHOYAへ入り、2010年2月にメモリーディスク事業部の共同事業部長、2013年6月に執行役・情報通信担当COO、2020年3月に執行役CTOへ進んだ。28年をかけて技術部門を上がり、CTOからCEOへ移っている。情報通信部門で育った技術者である。決断2022年池田英一郎氏への承継

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