- 創業
- 1941年11月、製紙業を営んでいた山中正一氏と山中茂氏の兄弟が東京府北多摩郡保谷町に東洋光学硝子製造所を興した。創業家出身の社長は2代で、1957年に病に倒れたのを機に、山中茂氏の娘婿で32歳の技師長だった鈴木哲夫氏へ渡る。以後は鈴木家と山中家が交互にトップを出し、その系譜は2022年に途切れた。
- 登用
- 直近20年のトップは創業家の鈴木洋氏と生え抜きの池田英一郎氏の2人しかいない。池田英一郎氏は1992年入社で、メモリーディスクの技術者から光学レンズ部門長、情報通信担当COO、CTOを経てCEOに就いた。外から直接招いたのは1967年の島田義氏だけで、技術畑を上げる型が続いているように見える。
- 任期
- 最長は鈴木哲夫氏の通算33年で、1967年に赤字の責任を取って退いた後、株式を買い増して1970年に復帰している。次いで鈴木洋氏が21年9か月。直近3代は山中衛氏が7年、鈴木洋氏が21年、池田英一郎氏が2026年8月時点で4年5か月である。長期政権は創業家の持株が支えたと推定される。
- 含意
- 2003年に指名委員会等設置会社へ移り、取締役7名のうち5名が社外、指名委員会は社外5名だけで構成される。日本では最も早く形を整えた部類にある。ただし取締役会の議長はCEOの池田英一郎氏本人であり、CEOの後継計画は2024年度の実効性評価で課題に挙げられ、いまも指名委員会で議論が続いている。
歴代社長1956年19601970198019902000201020202026年
1956〜1965年・1969〜1991年・通算33年/生え抜き
1966〜1968年・3年/外部出身
1992〜1998年・7年/創業家
1999〜2020年・22年/創業家
池田英一郎現任
2021年〜現在・6年/生え抜き
池田英一郎
いけだ えいいちろう
生え抜き(1992年入社)。メモリーディスク事業部の技術者から光学レンズSBU長、執行役情報通信担当COO、CTOを経てCEOへ
鈴木洋
すずき ひろし
創業家(1985年入社)。鈴木哲夫の長男。取締役・常務・専務を経て社長、2003年の委員会設置会社移行後は代表執行役CEOとして22年在任した
山中衛
やまなか まもる
創業家(1965年入社)。創業者・山中茂の長男。取締役・常務・専務・副社長を経て社長へ
島田義
しまだ ただし
外部出身(1965年に顧問として入社)。商工組合中央金庫理事から保谷硝子顧問・監査役を経て社長へ。赤字転落を受けた主力行主導の交代だった
鈴木哲夫
すずき てつお
生え抜き(1944年入社)。技術長・取締役工場長を経て社長へ。創業者・山中茂の娘婿にあたり、1967年に相談役へ退いた後、株式の買い増しを経て1970年に社長へ復帰した