HOYAのライフケアへの優先投資と眼鏡レンズ事業の連続買収
2013年実施景気に敏感なエレクトロニクスと、暮らしに根ざすメガネレンズ——HOYAはなぜ生活財に資源を寄せ、世界2番手まで買い集めたのか
更新:
- 概要
- 2012年以降、HOYAが景気変動に強い生活財=メガネレンズへ優先して投資し、セイコーエプソンからの眼鏡レンズ事業取得(2013年)を皮切りに海外メーカーを相次いで買収して、世界で業界2番手の規模を築いた経営判断。ガラスから多角化した同社の事業構成を、安定した収益の側へ寄せ直す選択であった。
- 背景
- HOYAは、半導体用マスクブランクスやHDD用ガラス基板など市況変動を受けやすいエレクトロニクス事業と、生活必需品で景気に左右されにくいメガネレンズ事業をあわせ持っていた。2008年のリーマンショック後の世界的な需要変動は、この二つの性格の差を映し出した。
- 内容
- 2012年4月にセイコーエプソンと眼鏡レンズ事業の売却交渉を始め、2013年2月に開発製造事業を取得。以後、スイスのKnecht&Muller(2015年)、米国のPerformance OpticsとVISION EASE・大明光学(2016年契約・2017年完了)などを買収し、事業の規模を広げた。とくに米社の取得は476億円であった。
- 含意
- 連続した買収で、メガネレンズは世界で業界2番手の規模に育ち、景気に強いライフケアが連結業績の支えになった。HOYAは自らを「小さな池の大きな魚」と呼び、上位シェアと高収益を追う。一方、中小メーカーの買収を重ねる戦略はのれんの累積という論点も抱える。
二つの振れ方の違う収益を組み合わせる
この経営判断の芯にあるのは、性格の異なる二つの事業を抱えた会社が、景気変動に強い生活財のほうへ意図して資源を寄せた点にある。半導体やHDD向けの部材は、市況が上を向けば潤い、下を向けば落ち込む。対してメガネレンズは、派手さこそないが、暮らしが続くかぎり売れ続ける。2008年以降の世界的な需要変動を経て、HOYAはこの安定を収益の土台に選び、エプソンからの取得を手始めに、中小メーカーを一社ずつ買い集めて事業の規模を積み上げた。
もっとも、買収を積み重ねる戦略には代償もある。中小メーカーを次々に取り込めば、買収額と受け入れた純資産の差はのれんとして貸借対照表に積み上がり、事業の想定が狂えば減損の危険を抱えかねない。それでもHOYAは、世界のメガネレンズ市場で最大手のエシロールルックスオティカに次ぐ2番手の地位を築き、景気に左右されにくいライフケアを連結の支えに据えた。市況で揺れる事業と、暮らしに根ざす事業。どちらか一方に賭けるのではなく、振れ方の違う二つの収益を組み合わせて全体をならすという設計に、この判断の要がある。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
二つの性格をあわせ持つ会社
HOYAは、ガラスの技術を核に多角化を重ねた結果、性格の異なる二つの事業群をあわせ持つ会社になっていた。一方は、半導体回路の原版となるマスクブランクスやHDD用のガラス基板といった、エレクトロニクス向けの部材である。これらは顧客の設備投資や在庫の増減に売上が左右され、市況の波を受けやすい。HDD向けの需要も、コロナ禍で特需が出たのち、物価高による消費の冷え込みや企業の投資抑制を受けて不安定になったと、HOYA自身が説明している[1]。
もう一方が、メガネレンズを中心とするアイケアの事業である。視力を矯正するレンズは、景気が良かろうと悪かろうと日々必要とされ、欧米では公的・民間の保険で費用の一部が戻る仕組みもある。HOYAは、メガネレンズを生活必需品と位置づけ、比較的景気の影響を受けにくいと説明してきた。設備投資の波に振り回されるエレクトロニクスと、暮らしに根を張るメガネレンズ。同じ会社のなかに、振れ方の異なる二つの収益の源があった[2]。
安定した生活財に資源を寄せる
2008年のリーマンショック後の世界的な需要変動を経て、HOYAは、景気に振り回されにくいメガネレンズを優先して伸ばす方針を強めた。もっとも、世界のメガネレンズ市場でのHOYAの位置は業界2番手にとどまる。市場には中小規模のレンズメーカーが数多くひしめき、その3割弱ぶんのシェアが分散していた。HOYAは、こうした競合からシェアを奪い、あるいは買い取ることで、継続してシェアを広げる道を選ぶ。自前の成長に、企業買収を重ねる戦略であった[3]。
決断
セイコーエプソンからの眼鏡レンズ事業取得
優先投資の方針を、目に見える形にした最初の一手が、セイコーエプソンからの眼鏡レンズ事業の取得であった。2012年4月10日、両社はエプソンの眼鏡レンズ事業をHOYAへ売却する交渉を始めると発表し、同日、交渉開始で基本合意した。譲渡の対象は、長野県箕輪町の松島事業所、大阪市のセイコーレンズサービスセンター、フィリピンの生産拠点の3カ所と、国内外あわせておよそ2,200人の人員に及ぶ。半年あまりの詰めを経て、HOYAは2013年2月、エプソンのメガネレンズ開発製造事業を譲り受けた[4][5]。
エプソンからの取得は、開発と製造の力を取り込むものであった。HOYAはこれに続けて、販売の足場も固める。2013年6月にメガネ関連商品の販売を担うセイコーオプティカルプロダクツの株式30%を譲り受け、翌2014年3月にはさらに20%を買い増して、出資比率50%の連結子会社とした。開発・製造から販売までを一つの流れとして押さえる形が整い、国内で長く並び立ってきたレンズ事業を、HOYAが束ね直した[6]。
海外メーカーの連続買収
国内で足場を固めたHOYAは、海外の眼鏡レンズメーカーへ手を伸ばす。2015年10月にスイスのKnecht&Muller AGを買収したのを皮切りに、買収を相次いで打った。2016年10月には米国のPerformance Opticsと、その子会社であるVISION EASE、大明光学の買収契約を結び、2017年8月に取得を終える。2016年12月には、HOYAビジョンケアが3Mの度付き保護メガネ事業も買い取った。中小メーカーを一社ずつ取り込み、地域と製品の空白を埋めていく買い方であった[7][8]。
連続した買収のなかで、金額まで裏取りができる代表例が、米国パフォーマンス・オプティクスの取得である。2016年10月13日、HOYAは同社を476億円で買収すると発表した。狙いは、それまで入り込めていなかった米国市場への足がかりにあった。HOYAはガラス製のレンズを主力とする一方、米国ではポリカーボネート製のレンズが主流で、この市場に食い込めずにいた。パフォーマンス社が持つ販路を使い、レンズの販売を米国で広げる算段であった[9][10]。
結果
世界2番手のメガネレンズ事業へ
エプソンからの取得と、海外での連続買収を経て、HOYAのメガネレンズ事業は世界で業界2番手の規模に育った。市場に散らばる中小メーカーからシェアを取り、あるいは買い取ることで、事業の裾野を広げてきた成果である。HOYAは、自らの戦略を「小さな池の大きな魚」と言い表す。市場規模の限られた分野で上位のシェアを押さえ、高い収益を追い求める——メガネレンズ事業は、その考え方をよく体現する事業となった[11][12]。