SVA導入と本社50人化(1997年・HOYAの決断)

更新:
論点 異なる五事業をどう統治するか
HOYA:業績の推移
売上高(億円)当期純利益率(%)
本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行

何をなぜ決めたか:本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行

概要

1997年4月、HOYAは持株会社を想定した組織へ改めた。成長事業のエレクトロオプティクスとビジョンケアを社内カンパニー、成熟事業のクリスタル・ホトニクス・ヘルスケアを子会社とし、グローバル本社の人員を50人程度に絞る。世界で約1万人を抱える会社の本社を、事業活動を直接行わない投資家の立場に置く設計であった。持株会社制そのものへの移行は1999年ごろをめどとしていた。

背景

HOYAは光学ガラスを源流に、成熟したメガネやクリスタルから成長中のガラスメモリーディスク・半導体用マスクまで、関連性の低い事業を抱えていた。1993〜96年度の第1期経営改革ではROE10%を目標に掲げ、取締役を1991年度の17人から8人へ、22あった子会社と本社事業部門を7社へ整理し、1994年度だけで939人・32%の人員を減らしている。就業形態も労働組合も事業ごとに異なるなか、次の一手が組織そのものの作り替えだった。

内容

事業部制からカンパニー制、さらに事業子会社へ。この順で経営責任と貸借対照表を切り分ける。カンパニーは責任と権限を与えられた疑似子会社にとどまるが、事業子会社になれば経営責任と資産が完全に分かれる。最も変わるのは本社で、 『今度は持株本社は投資家になるわけであります。ですから、事業活動を直接やらないわけです』 と、本社の役割そのものが定義し直された。

1997年度から2001年度までの第2期経営改革では、SVA(株主価値)を5年間で2倍、ROEを15%程度とする2つの目標が置かれた。

含意

株主資本比率は1996年度で62%、ファイナンシャル・レバレッジは1.6倍。米国大企業の平均2.5倍に比べて資本が過大だという見立てから、株主資本比率50%をめどに下げ、その分を積極的な投資に充当する道が選ばれた。改革の翌1998年度には連結純利益178億円で最高益を更新する。事業ごとに資本コストを与えて採算をむき出しにするこの組織と規律が、2003年の委員会等設置会社への移行と、後年の事業入れ替え経営の土台になった。

いつ何が起きたか 5件
考察:事業ごとに別の物差しを当てる
考察

考察:事業ごとに別の物差しを当てる

この改革の要点は、制度としての持株会社そのものより、事業を切り分けて別々の物差しで測るという発想にあったといえる。関連性の低い五事業を一つの会社で抱える限り、成熟事業のゆるみと成長事業の要求が同じ帳簿の中で相殺され、どこで稼ぎどこで失っているのかが見えにくくなる。カンパニーと子会社へ分け、事業別に資本コストを与えることで、HOYAは各事業に固有の採算をむき出しにした。本社を投資家に見立てる比喩は、その可視化を組織の形にまで徹底した表現だっただろう。

一方で、50人の本社が1万人の事業を投資家として律する設計は、そこに座る人と選ぶ事業の中身に成否を託す面を残す。切り分けたうえで撤退や入れ替えを的確に選べなければ、資本効率の物差しは掛け声に終わりかねない。HOYAの場合は、高シェア・高収益のニッチ事業という素地があり、そこへ規律がかみ合った。1997年の組織改革は、後年の委員会等設置会社移行やペンタックス買収と事業入れ替えへ続く一連の流れの、最初の骨格を据えた一手であったとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
数字で見る 2表

数字で見る

図と表

HOYA:売上高と当期純利益の推移

売上高(億円)当期純利益率(%)
HOYA:売上高と当期純利益の推移
(億円) 売上高当期純利益 備考
1995年3月期 1,51488.1
1996年3月期 1,671110
1997年3月期 1,934153
1998年3月期 1,934123 1997年4月の組織改革が属する期。売上高は前期と同額で載る
1999年3月期 2,012178 1998年度に連結純利益で最高益を更新した
2000年3月期 2,011207
2001年3月期 2,368218
2002年3月期 2,352237
2003年3月期 2,462200
出所:会社年鑑(1995年3月期〜2001年3月期・連結) / HOYA 有価証券報告書 第68期【主要な経営指標等の推移】(2002年3月期・2003年3月期)
出所:会社年鑑(1995年3月期〜2001年3月期・連結) / HOYA 有価証券報告書 第68期【主要な経営指標等の推移】(2002年3月期・2003年3月期)

組織改革の条件

組織改革の条件
科目 概要 備考
改革後の組織 2カンパニーと3事業子会社 事業部制からカンパニー制、さらに事業子会社へ段階を踏んで責任と資産を分ける
グローバル本社の人員 50人程度 全従業員は世界で約1万人。本社は事業活動を直接行わない
本社の役割 投資家 グループの戦略的な意思決定と、企業価値が最も上がる事業ポートフォリオの組成
持株会社制への移行時期 1999年ごろをめど 商法・税法の改正が遅れ、戦後50年の禁止で参考にできる日本のモデルもなかった
第2期経営改革の期間 1997〜2001年度の5年間 前年度までの第1期経営改革はROE10%を目標としていた
SVAの目標 株主価値を5年間で2倍 ROEに残る問題を補うため、企業価値を示す指標へ軸を移した
ROEの目標 15%程度 売上高純利益率7.5%、総資本回転率1回転、レバレッジ2.0の組み合わせによる
株主資本比率の目標 50%をめど 1996年度は62%でレバレッジは1.6倍。米国大企業の平均は2.5倍だった
資本の使い道 キャッシュフローを上回る投資 自己株消却・大幅増配と並ぶ選択肢のうち、5年間の積極投資を選んだ
海外売上比率の目標 2001年度に50% 1990年度の25%から1996年度は35%へ上がってきていた
第1期改革の人員削減 1994年度に939人・32%減 出向が主体。日本経済新聞の従業員減少率ランキングで全上場企業の1位だった
出所:証券アナリストジャーナル 1997年11月号「記念講演 HOYAの経営革新」(鈴木哲夫) / 日経ビジネス 1995年10月2日号「さらば『日本的経営』。HOYA、現状を破壊し競争力再構築」
出所:証券アナリストジャーナル 1997年11月号「記念講演 HOYAの経営革新」(鈴木哲夫) / 日経ビジネス 1995年10月2日号「さらば『日本的経営』。HOYA、現状を破壊し競争力再構築」
参考文献

参考文献

参考
  • 証券アナリストジャーナル 1997年11月号(35巻11号) 鈴木哲夫
  • 日経ビジネス 1995年10月2日号(日経BP社)
  • 会社年鑑(1999年3月期・2000年3月期・連結)

次に読む決断

免責事項およびポリシー