この改革の要点は、制度としての持株会社そのものより、事業を切り分けて別々の物差しで測るという発想にあったといえる。関連性の低い五事業を一つの会社で抱える限り、成熟事業のゆるみと成長事業の要求が同じ帳簿の中で相殺され、どこで稼ぎどこで失っているのかが見えにくくなる。カンパニーと子会社へ分け、事業別に資本コストを与えることで、HOYAは各事業に固有の採算をむき出しにした。本社を投資家に見立てる比喩は、その可視化を組織の形にまで徹底した表現だっただろう。
一方で、50人の本社が1万人の事業を投資家として律する設計は、そこに座る人と選ぶ事業の中身に成否を託す面を残す。切り分けたうえで撤退や入れ替えを的確に選べなければ、資本効率の物差しは掛け声に終わりかねない。HOYAの場合は、高シェア・高収益のニッチ事業という素地があり、そこへ規律がかみ合った。1997年の組織改革は、後年の委員会等設置会社移行やペンタックス買収と事業入れ替えへ続く一連の流れの、最初の骨格を据えた一手であったとみられる。