島田義
HOYA・元代表取締役社長
社長就任 1967年2月
生年月日 —
学歴 第一高等学校(旧制)中退
出自 —
社長就任までの出自
出自
1937年1月に商工組合中央金庫へ入り、1955年3月に理事となった。1965年5月に保谷硝子の顧問として招かれ、翌1966年2月に監査役へ就任した。金融機関で28年を過ごしたのち、製造業の経営へ移っている。創業家でも生え抜きでもない、外部から入った社長だった。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1967年2月、眼鏡事業への先行投資が招いた赤字を受けて鈴木哲夫氏が社長を退き、主要取引銀行の圧力のもとで島田義氏が後任となった。1966年12月期の単体当期損益は7億2,100万円の赤字だった。顧問として迎えられてから2年、監査役からの昇格である。銀行の側から送られた社長だった。
在任中の主な施策
施策
在任した3期で単体売上高は1967年12月期の46億400万円から1969年12月期の83億2,200万円へ、経常利益は1億1,200万円から3億3,700万円へ増えた。前任の退任の原因となった1966年12月期の7億2,100万円の赤字は、1967年12月期に5,200万円の黒字へ戻っている。1970年2月に社長を退き、鈴木哲夫氏が経営へ復した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1937〜1970年
在任中の業績
就任前(FY65)42億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-