白濱浩

ニコン・元取締役社長(再任)

Shirahama Hiroshi(敬称略)

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社長就任 1959年5月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学工学部造兵学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1925年3月に東京帝国大学工学部造兵学科を出て、同年4月に日本光学工業へ入社した。造兵学科は艦砲や測距儀に連なる兵器の学科で、海軍向け光学機器を主力としていた当時の同社の本業に直結する畑である。1947年1月に取締役、1953年5月に常務取締役へ進み、軍需を失ったあとのカメラ量産化を執行側で担った。長崎県の生まれ。

社長に選ばれた経緯
抜擢

常務取締役から1959年5月に社長へ就任し、前任の長岡正男氏を継いだ。就任前の1959年3月期の単体売上高は21億円で、カメラとレンズの輸出が伸び始めた時期にあたる。1963年5月にいったん取締役会長へ就任したが、同年9月に社長へ戻った。この4か月の社長は浜島昇氏で、短期の交代を挟んで前任者が復帰した異例の並びになった。

在任中の主な施策
施策

二度目の在任で生産拠点と販売網を拡大した。1963年10月に桜電子工業へ経営参加し(現・栃木ニコン)、1967年6月に大井製作所大船工場(現・横浜製作所)を新設、1968年7月にはオランダにNikon Europe N.V.を設立して欧州の販売を自前で持った。単体売上高は1959年3月期の21億円から、退任期の1969年3月期に184億円へ伸びた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1925〜1969年
在任中の業績
就任前(FY58)21億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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