過去最大の赤字を受けた抜本的構造改革と資産圧縮による再建

財界総理を輩出した名門は、なぜ石化と医薬の同時不振に沈み、どう立て直そうとしたか

更新:

時期 2024年4月
意思決定者 岩田圭一 社長
論点 危機発の再建と事業ポートフォリオの再構築
概要
2024年4月30日、住友化学は経営戦略説明会を開き、岩田圭一社長が2023年度に純損失3,118億円という過去最大の赤字へ沈んだ現状を「危機レベル」と語った。石油化学と医薬品の同時不振を受け、資産売却・在庫削減・投資厳選による短期集中の業績改善策と、汎用品依存を断つ抜本的な構造改革に踏み切った再建判断であった。
背景
住友化学は経団連の十倉雅和会長、その2代前の米倉弘昌元会長と財界総理を続けて輩出した名門である。しかし中国減速による石化市況の低迷と、上場子会社・住友ファーマの主力薬ラツーダの特許切れが重なり、2022年度から急速に業績が悪化した。両事業とも一過性ではなく構造問題を抱えていた点に、この不振の根深さがあった。
内容
会社は2年間で7,000億円のキャッシュ創出を掲げ、政策保有株や厚生施設、非中核の子会社株を売る一方、ペトロ・ラービグへの追加出資を断ち、住友ファーマの独立経営に踏み込んだ。2024年10月には4事業部門体制へ組み替え、汎用品から高付加価値品へ軸を移す「新生スペシャリティケミカル企業」を掲げた。
含意
短期の改善は速く表れ、2024年度は四半期を追ってコア営業損益がV字回復し、2025年3月期には純利益385億円の黒字へ転じた。ただ石化の抜本改善や住友ファーマの成長シナリオは道半ばで、危機発の再建が構造問題そのものを解いたわけではないという含みが残った。
筆者の見解

速い再建と、根の深い課題

この再建で目を引くのは、危機の宣言から立ち直りまでの足の速さである。過去最大の赤字を自ら危機レベルと言い切り、政策保有株や非中核事業を次々に手放して資金を作り、赤字の震源であったラービグと住友ファーマに正面から手を入れた。結果として2025年3月期には黒字へ転じ、財務の底割れは1年で止まった。危機が経営に許した数少ない自由を使い、平時には動かしにくい資産にまで踏み込んだ判断であったとみることができる。

ただ、速く止血できたことと、病巣が消えたことは別である。石化の汎用品依存も、医薬の新薬創出という難題も、一年の構造改革で解けるものではなく、黒字の内実には資産売却の効果も混じっていた。原料も市場も海外に依存する化学会社が、市況の波と巨額の投資負担を抱えながら、どこに稼ぐ軸を据え直すのか。財界総理を送り出してきた名門が突きつけられたこの問いは、V字回復の数字の先で、なお持ち越されているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

財界総理を輩出した名門の危機

2024年4月30日、住友化学は経営戦略説明会を開いた。岩田圭一社長は開口一番、2023年度の純損失が3,000億円を上回り、危機レベルの数値になったと述べ、この事実を重く受け止めていると語った。同社は経団連の十倉雅和会長、その2代前にあたる米倉弘昌元会長と、財界総理を続けて送り出してきた名門である。総合化学最大手の一角として重工業日本を象徴してきた会社が、創業以来と自ら形容する赤字に直面していた[1]

赤字の規模は年度を通じて膨らんだ。2023年度の業績見通しは3度にわたって下方修正され、一時要因を除いたコア営業損益は1,490億円の赤字、最終損益は3,120億円の赤字となった。有価証券報告書ベースでは、2024年3月期の連結営業損益は4,888億円の損失、純損益は3,118億円の損失であった。前年の2023年3月期にすでに営業損益が310億円の赤字へ転落しており、単年の不運では説明のつかない下降が続いていた[2][3]

石化と医薬の2重苦

苦境の主因は、石油化学と医薬品という2つの事業の同時不振にあった。石化では、中国の景気停滞がアジアに波及し、用途の広い汎用品の市況が低迷した。とりわけ住友化学は、サウジアラビアの国営石油会社アラムコと組んだ合弁ペトロ・ラービグを持分法で抱えており、汎用品市況の悪化と石油精製マージンの縮小をまともに受けた。中国勢の増産で供給過剰が続く鶏飼料添加物メチオニンでも、製造設備の減損を迫られた[4]

医薬品の傷はさらに深かった。上場子会社の住友ファーマは、稼ぎ頭であった抗精神病薬ラツーダの米国特許が切れ、後発薬の登場で売上高が第3四半期までに97%も減った。特許切れを見越して買収でそろえた製品が期待に届かず、2,000億円超の損失を強いられ、住友ファーマの2023年度の純損益は3,150億円の赤字に達した。石化も医薬も一過性の落ち込みではなく、事業の構造そのものに問題を抱えていた点が、立て直しを難しくしていた[5]

決断

短期集中の資産圧縮

岩田社長がまず打ったのは、手元資金を厚くする短期集中の業績改善策であった。事業再構築・在庫削減・投資厳選・資産売却の4本柱で、当初5,000億円としたキャッシュ創出目標を、進捗の速さを背景に2年間で7,000億円へ引き上げた。有利子負債は前年度末比で約3,000億円の圧縮を見込んだ。政策保有株の売却で600億円、厚生施設など不動産の処分を積み増し、在庫は約1,500億円を減らす計画であった。危機に直面して、まず身軽になることを優先した判断であった[6]

売却の網は事業そのものにも及んだ。ベストオーナーの視点で非中核事業を切り出すとして、住友化学は約30件の事業再構築案件を進めた。医療用画像診断のロイバント関連株を全株売却し、樹脂大手・住友ベークライトの持ち株を一部売却、海外のアルミ精錬事業からも資本を引いた。汎用品から高付加価値品へ事業ポートフォリオを組み替える方針のもと、稼ぐ力の乏しい資産を順に手放していった[7]

医薬への関与と、ラービグの処理

資産圧縮と並行して、赤字の震源そのものにも手を入れた。医薬品では、これまで独立経営を尊重してきた住友ファーマに対し、岩田社長は住友化学が中に入って取り組むと述べ、方針を転換した。住友ファーマは北米で約1,000人を削減し、研究開発費を大きく絞って1,000億円超の合理化効果を見込んだ。住友化学は債務保証による金融支援や経営人材の派遣で下支えする一方、岩田社長は保有株の売却まで含めてあらゆる選択肢を検討すると述べ、子会社の扱いに含みを持たせた[8]

石化では、20年来の懸案であるラービグにけじめをつけた。2024年8月に発表した財務改善プランに沿い、追加資金は出さない方針を明確にしたうえで、貸付金の債権放棄に踏み切って1,098億円の損失を計上した。国内では京葉エチレンの運営最適化を丸善石油化学と合意し、エチレンプラントの再編にも着手した。会社は2024年10月に4事業部門体制へ組み替え、2024年度にコア営業利益1,000億円・純利益250億円、そして高付加価値品を主力に据える「新生スペシャリティケミカル企業」への転換を掲げた[9][10]

結果

V字回復と黒字転換

短期の改善効果は、思いのほか早く表れた。2024年度は四半期を追うごとにコア営業損益が持ち直し、第3四半期累計では601億円の黒字と、前年同期の1,139億円の赤字から大きく反転した。牽引したのは、コスト削減と基幹3製品の拡販が進んだ住友ファーマと、半導体材料が好調な情報電子であった。最終損益も、ラービグ関連の債権放棄という一過性の負担を抱えながら、第3四半期累計で286億円の黒字を確保した[11]

通年でも再建は数字に結実した。2025年3月期の連結業績は、売上収益2兆6,063億円、営業利益1,930億円、純利益385億円となり、過去最大の赤字からわずか1年で黒字へ転じた。2年間のキャッシュ創出目標7,000億円も達成した。危機の宣言から短期の資産圧縮までを速い足取りで進めたことが、まず財務の底割れを食い止めた形であった[12][13]

残る構造問題

もっとも、黒字転換は再建の完了を意味しなかった。反発の中身には事業売却益が相応に含まれ、稼ぐ力の回復とは切り分けて見る必要があった。石化では、ラービグの精製プラントが低付加価値の重油を多く産み、高付加価値品への転換には費用と時間を要する。国内エチレンの過剰能力もコンビナート特有の事情で再編が進みにくく、カーボンニュートラル対応の投資負担も重くのしかかっていた。市況の回復に頼らざるをえない部分が残っていた[14]

医薬品も、なお立ち位置を定めきれていなかった。住友ファーマは人員と研究開発費を削って足元の収益を立て直したものの、有望な新薬を生み出せなければ成長の道筋は描きにくい。岩田社長が保有株の売却まで選択肢に挙げていたことは、住友化学が医薬を自らの成長領域として抱え続けるかどうかを決めかねていたことの表れでもあった。会社が掲げた2030年度にコア営業利益3,000億円という目標は、農業・情報電子・再生医療を伸ばしきれるかにかかっていた[15]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2023年12月2日号「住友化学の最悪決算招いた十倉経団連会長の経営判断」
  • 週刊東洋経済 2024年5月18日号「財界総理輩出の名門が危機 2重苦にあえぐ住友化学」
  • 住友化学 2024年度上期決算説明資料(2024年10月30日)
  • 住友化学 2024年度第3四半期決算説明資料(2025年2月3日)
  • 住友化学「2025年3月期 連結決算概要」(2025年5月14日)
  • 住友化学 有価証券報告書(2024年3月期・連結・IFRS)
  • 住友化学 有価証券報告書(2025年3月期・連結・IFRS)