決断
船を大きくできない土地を捨て、工場ごと九州へ移した。1961年3月末の大阪本社工場は従業員804人、新造船の年間生産能力は4万総トンで、河川に挟まれた敷地では戦後に進んだ船舶の大型化に応じられなかった。産炭地域の指定を受けた佐賀県と伊万里市の誘致に応じ、1972年10月に伊万里市の七ツ島工業団地で新造船工場を起工した。長さ295mの第1号建造ドックを備えて8万総トン型を年3.5隻建造する能力を前提とした工場で、1975年3月に8.7万トン型タンカーを引き渡している。1979年10月には大阪工場の設備を売却した。敷地の広さが建造できる船の大きさを決める産業では、工場を移す判断が商品を決める判断そのものになった。
2022年 佐世保重工業の新造船休止
佐世保重工業の新造船休止中国・韓国勢との競争で佐世保重工の新造船が赤字を続け、連結本体も5期連続の営業損失に陥ったことを受け、佐世保での新造船を休止し伊万里へ集約したうえで、赤字子会社の財務を本体が資本支援で支えた構造改革同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移2021 2022 2026 売上高(億円) 984 834 1,590 営業利益率(%) -10.7 -11.4 17.7 2014年5月 佐世保重工業を完全子会社化
新造船セグメントの売上高とセグメント資産2014 2015 2020 売上高(億円) 1,001 1,069 902 セグメント資産(億円) 745 1,406 921 1972年3月 造船拠点を伊万里へ移転