アイーダ客船事業から撤退(2016年・三菱重工業の決断)

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論点 損失の続く大型客船から撤退するか
三菱重工業:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
2隻で2,718億円の損失を積み、船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ寄せるまで

何をなぜ決めたか:2隻で2,718億円の損失を積み、船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ寄せるまで

概要

2011年11月にアイーダ・クルーズから受注した大型クルーズ客船2隻で、プロトタイプ客船の建造の困難さが顕在化し、大幅なコスト悪化が発生した。客船事業関連損失引当金繰入額は2014年3月期の641億26百万円に始まり、2015年3月期695億34百万円、2016年3月期1,039億11百万円、2017年3月期343億23百万円と積み上がり、4期の合計は2,718億94百万円に達した。

2017年3月期の交通・輸送セグメントは519億83百万円の営業損失で、前期の545億11百万円の黒字から1,064億95百万円悪化している。宮永俊一社長のもと、三菱重工業は大型客船から手を引いた。

背景

造船不況のなかで三菱重工業が向かったのは、1隻あたりの受注金額が大きく競合の少ない船種だった。大型クルーズ客船は、基本設計から手がけるプロトタイプであり、技術の難度がもっとも高い部類にあたる。

損失が表面化してからも、会社は得意船種へ資源を配分する動きを先に進めた。2015年10月1日に三菱重工船舶海洋を発足させ、長崎地区で建造するLNG運搬船・LPG運搬船・資源探査船の事業を承継させている。承継した資産は622億円、負債は564億円で、狙いはガス船建造への集中による連続建造とコスト競争力の強化にあった。

内容

1番船は引渡しが遅れ続けた。2016年3月期は第2四半期に309億53百万円、第3四半期に221億8百万円を計上したうえ、第4四半期には主機の不具合、海上試運転で客先から受けた騒音対策の指摘、火災事故が重なり、追加損失予想額508億50百万円を積んだ。引渡しは2016年3月中旬となった。

2番船でも、1番船の納期遅延と手直しの反映で工程を大幅に見直し、内装工事の一部を国内業者から客船建造に熟練した海外業者へ転注した。2017年3月期は第2四半期に164億81百万円、第4四半期に178億42百万円を計上している。

含意

客船事業関連損失引当金の残高は2015年3月末の1,052億80百万円をピークに、2017年3月末は184億63百万円まで減り、2018年3月期は繰入がなく残高も消えた。損失の打ち切りは、この引当金の消滅にあらわれている。

会社が引き出した教訓は、個別案件の損失にとどまらない。2016年4月に事業リスク総括部を新設し、CEO直轄の全社リスクマネジメント体制を構築した。2018年1月1日には船舶海洋事業等を三菱造船へ承継させ、艤装主体船の建造、アライアンス先との協業、設計供与を主力とする会社に組み替えている。

いつ何が起きたか 8件
考察:最難度の船種へ向かった代償
考察

考察:最難度の船種へ向かった代償

この撤退の核心は、造船不況のなかで収益源を探した会社が、基本設計から手がけるプロトタイプという最難度の仕事を選んだ点にある。2隻で積んだ損失2,718億94百万円は、2017年3月期の親会社株主に帰属する当期純利益877億20百万円の3倍を超える。しかも損失は一度に見えたのではなく、2014年3月期から4期にわたって四半期ごとに積み増された。工程の遅れ、主機の不具合、騒音対策、火災事故と、見積りを崩す出来事が次々に現れたからで、着手の時点で見通せる種類のものではなかったのだろう。難度の高い船種で競合を避ける戦略は、その難度を自社が引き受けられるかという問いと表裏だったと思われる。

もっとも、この損失が残したものは反省だけではない。2016年4月の事業リスク総括部の新設はCEO直轄の全社リスクマネジメント体制へつながり、2018年1月の三菱造船への承継では、艤装主体船の建造とアライアンス先との協業、設計供与が主力事業として明示された。自前で最難度の船を建造して稼ぐ道ではなく、設計と艤装で稼ぐ道である。祖業の造船をどう抱えるかという問いに対し、会社は規模ではなく担う工程を選び直しただろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

三菱重工業:客船事業関連損失引当金の推移

繰入額(百万円)期末残高(百万円)
三菱重工業:客船事業関連損失引当金の推移
(百万円) 繰入額期末残高 備考
2014年3月期 64,12664,126 プロトタイプ建造の困難さが顕在化し、特別損失への計上が始まる
2015年3月期 69,534105,280 残高はこの期末がピーク
2016年3月期 103,91172,842 第4四半期に追加損失予想額50,850を積み、1番船を3月中旬に引き渡した
2017年3月期 34,32318,463 2番船の工事予算超過と追加負担を反映。繰入は4期合計で271,894となった
2018年3月期 00 繰入はなく、引当金の残高も計上がない
出所:三菱重工業 有価証券報告書 第195〜199期(連結貸借対照表・連結損益計算書・客船事業関連損失引当金繰入額の内容)
出所:三菱重工業 有価証券報告書 第195〜199期(連結貸借対照表・連結損益計算書・客船事業関連損失引当金繰入額の内容)

三菱重工業:交通・輸送セグメントと連結業績の推移

連結売上高(百万円)親会社株主に帰属する当期純利益率(%)
三菱重工業:交通・輸送セグメントと連結業績の推移
(百万円) 交通・輸送セグメント売上高交通・輸送セグメント営業損益連結売上高親会社株主に帰属する当期純利益 備考
2012年3月期 −−2,820,93224,540 当時の報告セグメントは船舶・海洋で、交通・輸送とは区分が異なる
2013年3月期 −−2,817,89397,330
2014年3月期 463,67118,3193,349,598160,428 交通・輸送への区分変更後の初年度。商船の採算悪化で営業利益は14.6%減
2015年3月期 529,59823,4523,992,110110,412
2016年3月期 548,51054,5114,046,81063,834 民間航空機事業の伸びで営業利益は132.4%増。客船の損失は特別損失に出る
2017年3月期 515,358△51,9833,914,01887,720 民間航空機の減少とMRJ開発費の増加、円高も重なり1,064億95百万円悪化した
2018年3月期 −−4,085,67970,484 交通・輸送はインダストリー&社会基盤へ再編され、区分がつながらない
2019年3月期 −−4,078,344110,271 2019年3月期からIFRSを任意適用。連結売上高は収益に組み替わる
2020年3月期 −−4,041,37687,123
2021年3月期 −−3,699,94640,639
2022年3月期 −−3,860,283113,541
出所:三菱重工業 有価証券報告書 第195〜198期(セグメントの業績)・第193〜204期(連結損益計算書)
出所:三菱重工業 有価証券報告書 第195〜198期(セグメントの業績)・第193〜204期(連結損益計算書)

撤退の条件

撤退の条件
科目 概要 備考
対象の契約 アイーダ・クルーズ向け大型客船2隻 2011年11月に受注。基本設計から手がけるプロトタイプの客船建造にあたる
損失の要因 プロトタイプ建造の困難さ 建造の困難さが顕在化して大幅なコスト悪化が発生し、2014年3月期から引当計上が始まった
2014年3月期の繰入額 64,126百万円 客船事業関連損失引当金繰入額として特別損失に計上
2015年3月期の繰入額 69,534百万円 同期の特別損失合計85,983百万円の8割を占める
2016年3月期の繰入額 103,911百万円 第2四半期30,953・第3四半期22,108・第4四半期50,850の積み上げ
2017年3月期の繰入額 34,323百万円 第2四半期16,481と第4四半期17,842。2番船の工事予算超過と客先との最終協議による追加負担
繰入額の累計 271,894百万円 2014年3月期から2017年3月期までの4期合計。2018年3月期の繰入はない
引当金の残高 18,463百万円 2017年3月末。ピークは2015年3月末の105,280百万円で、2018年3月末は計上なし
1番船の引渡し 2016年3月 主機の不具合、海上試運転での騒音対策の指摘、火災事故が重なり3月中旬まで延びた
2番船の措置 2017年3月期に引渡期日を客先と最終合意 内装工事の一部を国内業者から客船建造に熟練した海外業者へ転注し工事体制を強化
客船事業関連損失 7,829百万円 2017年3月期に独立掲記。重要性が乏しくなり翌期から営業外費用のその他に含めた
セグメントへの影響 交通・輸送は51,983百万円の営業損失 2017年3月期。前期の545億11百万円の黒字から1,064億95百万円悪化した
撤退の表明 有価証券報告書に記載なし 撤退の決議そのものは有報に記載がなく、繰入の打ち切りと引当金の消滅から辿れる
商船事業の分社 2015年10月1日 三菱重工船舶海洋へ長崎地区のガス船建造を移管。承継資産622億円・負債564億円
船舶海洋事業の分社 2018年1月1日 三菱造船へ承継。承継資産461億円・負債344億円。艤装主体船と協業・設計供与が主力
出所:三菱重工業 有価証券報告書 第195〜199期(2014年3月期〜2018年3月期)【客船事業関連損失引当金】【経営上の重要な契約等】【企業結合等関係】
出所:三菱重工業 有価証券報告書 第195〜199期(2014年3月期〜2018年3月期)【客船事業関連損失引当金】【経営上の重要な契約等】【企業結合等関係】
参考文献

参考文献

参考
  • 三菱重工業 有価証券報告書「第195期(2014年3月期)【引当金の計上基準】【連結損益計算書】」
  • 三菱重工業 有価証券報告書「第197期(2016年3月期)【対処すべき課題】【経営上の重要な契約等】」
  • 三菱重工業 有価証券報告書「第198期(2017年3月期)【客船事業関連損失引当金繰入額の内容】【セグメントの業績】」
  • 三菱重工業 有価証券報告書「第199期(2018年3月期)【経営上の重要な契約等】【企業結合等関係】」

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