三菱財閥が造船に参入した動機は、海運事業における船舶修繕の不便にあった。イギリスまで回航して修繕する非効率を解消するため、国内に自前の造船所を確保する垂直統合の発想が起点であった。官営造船所の払い下げという機会を捉え、長崎・神戸・彦島の3拠点を構築して国内最大級の造船所に成長。海…
三菱電機の誕生は、造船所内部で電機事業を運営する非効率がきっかけであった。工作設備は造船向きで電動機製造に不適合、材料調達も造船優先、技術者の配置も電気科偏重という構造的な問題を抱えていた。分離独立によってこれらの制約が解消され、名古屋製作所の新設など大規模な設備投資が可能となっ…
三菱重工の戦闘機生産再開は、朝鮮戦争を契機とした米国の対日政策転換によって実現した。F-86Fのノックダウン生産という形態は、技術面では米国に依存しつつも、防衛庁との受注関係と製造ノウハウを蓄積する機会となった。黎明期に参入したことで先行者利益を確保し、以後の戦闘機市場は三菱重工…