防衛事業の急拡大——縮小産業を国策の成長事業へ

2026年実施

5年で43兆円という防衛費増額を、三菱重工はどう成長機会へ変えたのか

時期 2023年11月
意思決定者 泉澤清次(取締役社長CEO)
論点 事業構成と成長戦略
概要
2022年12月の防衛3文書改定で政府が5年間43兆円・GDP比2%への防衛費増額を決めたのを受け、三菱重工業が防衛・宇宙事業を成長事業と定めて受注と生産能力を広げ、2026年3月期に同事業の売上収益を初めて1兆円超へ伸ばした経営判断。泉澤清次社長のもとで進めた。
背景
防衛装備品の製造は長く低採算で、撤退や供給網の弱体化が続く縮小分野だった。三菱重工業の防衛・宇宙事業も過去20年ほど5000億円規模で推移していた。2022年12月の政策転換が、この分野を国策の成長事業へ変える契機となった。
内容
政府は2023〜27年度の防衛費を従来比およそ1.6倍の43兆円へ増やし、反撃能力の保有を決めた。三菱重工業は25式地対艦誘導弾など長射程ミサイルを大量に受注し、豪州向け護衛艦など輸出の大型案件も取り込んだ。2023年11月に2026年度1兆円への倍増見通しを公表している。
含意
2026年3月期に防衛・宇宙の売上収益は1兆1445億円と前期比38%増、全社の純利益は3321億円で過去最高となった。IHI・川崎重工業を含む重工3社がそろって防衛で最高益をあげ、株価は国策銘柄として上場来高値を更新した。成長が国の防衛費に依存する点は課題として残る。
筆者の見解

国策に乗った成長と、その先の課題

この経営判断の特徴は、外部環境の転換を、いかに早く自社の成長へ取り込んだかにある。三菱重工業は、防衛費の増額という国の方針を待って受注しただけではない。政策転換の直後に防衛・宇宙を倍増させる目標を掲げ、長射程ミサイルの量産や護衛艦の輸出まで見据えて生産体制を整えた。縮小産業と見られてきた防衛を、数年で全社の成長を担う事業へ引き上げた点に、ほかの重工大手との違いがうかがえる。IHIや川崎重工業も同じ追い風を受けて防衛で最高益をあげたが、三菱重工業の規模の伸びは際立っていた。

もっとも、この成長は国の予算という外部の要因に強く依存している。売上を支えるのは防衛費の増額であり、その水準が変われば受注の前提も揺らぐ。急な増産は、長く細ってきた部品の供給網や、熟練技術者の不足という制約に突き当たる。輸出も、相手国の事情や国際情勢に左右される不確実な収益にとどまる。国策に乗って縮小産業が成長事業へ転じたこの数年の歩みを、防衛費の増額が一巡した先へどうつなぐか。三菱重工業には、国策への依存を、自力で稼ぐ事業の強さへ組み替える課題が残る。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

「縮小産業」とされた防衛と、2022年の政策転換

戦後の日本で、防衛装備品の製造は長く地味な事業だった。市場は防衛省という単一の買い手に限られ、価格は原価に利益を積む方式で決まる。需要は年度予算に左右され、量産効果も働きにくい。採算の低さから撤退する企業が相次ぎ、部品を担う中小の供給網は細っていった。三菱重工業でも、防衛は主力とは言いがたい事業にとどまっていた[1]

この事業が一変する契機は、政府の政策転換だった。2022年12月16日、政府は国家安全保障戦略など防衛3文書を閣議決定し、相手のミサイル拠点をたたく反撃能力の保有に踏み込んだ。あわせて2023〜27年度の防衛費を、それまでの計画のおよそ1.6倍にあたる総額43兆円へ増やし、2027年度にGDP比2%の水準をめざす方針を示した。防衛費を長く抑えてきた戦後日本の路線からの転換だった[2][3]

三菱重工業にとっての意味

三菱重工業は、艦艇・戦闘機・ミサイルを一貫して手がける、国内防衛産業の中核企業である。ただし防衛・宇宙事業の売上高は、過去20年ほど5000億円程度で推移し、全社の1割強にとどまっていた。造船やガスタービン、原子力とならぶ事業の一つではあっても、成長の柱とは見なされてこなかった。43兆円という予算の拡大は、この5000億円規模の事業を倍増させる余地を、初めて具体的な数字として突きつけた[4]

決断

防衛を成長事業と定める

三菱重工業は、この予算拡大を成長の機会と捉えた。2023年11月22日、同社は防衛・宇宙事業の売上高を2026年度に約1兆円へ倍増させる見通しを公表する。泉澤清次社長のもとで、それまで主力と見なしてこなかった防衛を、正面から伸ばす事業へと定め直した判断だった。政府の防衛予算増額を追い風に、膨らむ受注に応える生産体制の整備を進めた[5]

受注の中身は、防衛政策の転換をそのまま映していた。反撃能力の柱となるのは、遠く離れた目標をたたく長射程ミサイルである。三菱重工業は、25式地対艦誘導弾など、敵基地攻撃に使う長射程ミサイルを大量に受注した。単発の試作ではなく、量産を前提とする複数年の大型契約が並び、国策の需要が同社の受注をそのまま押し上げた[6]

輸出解禁を受注に取り込む

成長の余地は、国内の調達だけではなかった。政府は防衛装備移転三原則の運用指針を改め、輸出を認める5類型の枠を段階的に緩めていく。三菱重工業を含む重工3社は、この解禁を輸出の受注へつなげ、2026年3月期末の防衛関連の受注残高を、前期比15%増の6兆円超まで積み増した。豪州向けの護衛艦をはじめ、これまで国内に限られてきた需要が、海外へも開き始めた[7]

結果

防衛1兆円超と最高益、国策銘柄への評価

政策転換から3年半、成果は数字に表れた。2026年3月期、三菱重工業の防衛・宇宙事業の売上収益は1兆1445億円と、初めて1兆円を突破[8]する。前期からの伸びは38%に達し、過去最高の更新は3年連続となった。安保3文書にもとづく防衛費の増額が始まる前の2022年度と比べれば、売上収益はおよそ2.4倍に急拡大した。5000億円前後で長く動かなかった事業が、わずか数年で倍以上の規模へ膨らんだ[9]

防衛の急拡大は、会社全体の数字も押し上げた。2026年3月期の連結純利益は前期比35%増の3321億円と過去最高を更新し、翌期も含めて4年連続の最高益となる見通しで、ガスタービンと防衛が業績をけん引した。株式市場の評価も鋭く反応する。三菱重工業の株価は防衛関連の国策銘柄として買われ、2026年初めに上場来高値を更新した。かつて地味だった防衛が、成長の物語の中心に移った[10][11]

出典・参考