仏アレバと中型炉合弁設立(2006年・三菱重工業の決断)更新:2026/08/04三菱重工業:業績の推移売上高(億円)当期純利益率(%)データ出所ウェスチングハウス買収入札での敗退を受けた、中型炉共同開発への転進2006年、米ウェスチングハウス社の買収入札で東芝に敗れた三菱重工業が、仏アレバとの中型原子炉の共同開発に合意し、2007年9月に合弁会社ATMEAをフランスに設立した経営判断。何をなぜ決めたか:ウェスチングハウス買収入札での敗退を受けた、中型炉共同開発への転進概要2006年、米ウェスチングハウス社の買収入札で東芝に敗れた三菱重工業が、仏アレバとの中型原子炉の共同開発に合意し、2007年9月に合弁会社ATMEAをフランスに設立した経営判断。背景加圧水型軽水炉はウェスチングハウス社からの技術導入に始まり、国内で製造できるのは三菱重工業1社であった。一方で国内の新設は1980年代から減少し、輸出の商談も実らず、技術を売る手立てを海外に求める必要があった。内容2005年に2,000億円規模でウェスチングハウス買収に応札したが、6,000億円を投じた東芝が落札。加圧水型の国内生産が基本特許から解放されていたことを逆手に、2006年10月に仏アレバと出力100万キロワット級中型炉の共同開発で合意し、翌2007年に合弁会社ATMEAを設けた。含意高値を追わず算盤で降りた点は筋が通っていた。ただし共同開発した炉型を採用したトルコの計画は断念に至り、原子力事業の中心は国内の再稼働工事と燃料サイクル、革新軽水炉へ戻っている。いつ何が起きたか9件筆者考察考察考察:買収しなかったことで決まったもののれん代を20年で償却すれば年300億円、買収資金の金利負担が年120億円、対するウェスチングハウス社の税前利益は約100億円という計算が社内にあった。数字の上では、降りた判断に理があったと推察される。ただ、この場で決まったのは値付けの是非だけではなく、加圧水型という技術を誰と組んで海外へ運ぶかという座組そのものであった。選び直した相手も、順風ではなかった。アレバは新型炉の建設で1兆円を超える損失を抱え、共同開発した炉型を採る予定だったトルコの計画は2018年に断念が報じられる。2005年の応札から十数年を費やして、輸出という出口は開かないまま終わった。残ったのは国内の再稼働工事と燃料サイクル、そして2030年代半ばを見据えた革新軽水炉であり、1986年に中根秀彦常務が案じた国内需要の減少という問いに、会社は現在も同じ場所で向き合っているといえる。Yutaka Sugiura, 2026年8月参考文献参考文献参考日経ビジネス 1986年4月28日号三菱重工業 2024年度第1四半期 決算説明会 質疑応答(2024年8月6日)三菱重工業 2025年度第3四半期 決算説明会 質疑応答(2026年2月4日)会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)「新三菱重工業」の項三菱重工業 有価証券報告書【沿革】/有価証券報告書(2006年3月期・2007年3月期・連結)次に読む決断同じ問い:買収によるグローバル経営2009年久光製薬久光製薬米ノーベンの完全子会社化株式公開買付けを通じて進めた米国の医薬品会社の全株取得2009年2005年フジクラフジクラAlcoa Fujikuraの合弁解消米国の自動車事業を相手に渡し、情報通信事業を100%子会社として引き取る選択2005年2006年日本板硝子日本板硝子英ピルキントンの完全子会社化売上で2倍近い相手の、総額約6160億円での完全子会社化2006年2006年ホシザキホシザキ米LANCER・GRAMの買収二社同時買収による北米の飲料機器事業と欧州の冷蔵庫事業の取得2006年2005年NTTデータグループNTTデータグループitelligence社買収自前の海外拠点づくりを採らず、買収の連続だけで欧米へ出た十年余りの海外戦略2005年三菱重工業の意思決定1970年三菱重工業三菱重工業三菱自動車工業を分離設立自動車部門の切り出しと、独立会社としての新たな出発1970年2012年三菱重工業三菱重工業日立と火力発電事業統合重電の中核事業を切り出した三菱日立パワーシステムズの発足2012年×出所