飯田庸太郎
三菱重工業・元取締役会長
社長就任 1985年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学第一工学部
出自 —
社長就任までの出自
出自
1943年に入社し、1973年5月に原動機第一技術部長へ就任した。前任の末永聡一郎氏と同じ原動機の技術畑を歩み、1985年に社長へ就任した。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1985年、末永聡一郎氏の後任として社長に就任した。就任前年度にあたる1985年3月期は売上高1兆9,997億円、経常利益872億円で、経常利益は1982年3月期の281億円から3.1倍に増えていた。部門別では原動機が38%の7,665億円で最大であり、その原動機を歩んだ飯田氏が社長に就任した。
在任中の主な施策
施策
1986年に名古屋市大曽根の大幸工場を、1988年12月に広島海洋機器工場を閉鎖した。工場の閉鎖は、1978年11月に提示した2年間で1万人の合理化に続く規模の縮小である。1975年9月に自主開発へ着手したビジネスジェット機MU-300は、米国市場で販売が伸びず、1985年に撤退が決まっている。1989年6月に相川賢太郎氏へ引き継いだ。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1943〜1989年
在任中の業績
就任前(FY84)19,997億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
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