- FY10以降の社長は中村吉伸・別川俊介・下村真司・渡部敏朗の4名、いずれも住友重機械工業生え抜きからの昇格。外部出身の代表取締役社長は確認できない。
- 中村吉伸はFY06〜FY11(約6年)、別川俊介はFY12〜FY17(約6年)、下村真司はFY18〜FY24(7年)、渡部敏朗はFY25就任と、概ね6〜7年での交代サイクル。
- 昇格元は別川俊介が財務経理本部長経由、下村真司が住友建機取締役経由、渡部敏朗がプラスチック機械事業部経由と、財務・事業執行ラインからの社長昇格が中心の系譜である。
1953〜1953年・1年
1954〜1963年・10年/外部出身
1964〜1968年・5年/外部出身
1969〜1972年・4年/外部出身
1973〜1981年・9年
1982〜1987年・6年/生え抜き
1988〜1991年・4年/生え抜き
1992〜1997年・6年/生え抜き
1998〜2005年・8年/生え抜き
2006〜2011年・6年/生え抜き
2012〜2017年・6年/生え抜き
2018〜2024年・7年/生え抜き
渡部敏朗現任
2025年〜現在・2年/生え抜き
渡部敏朗
わたなべ としろう
生え抜き(1986年入社)。財務経理本部長・CFOを経て2026年1月に社長兼CEOへ
下村真司
しもむら しんじ
生え抜き(1982年入社)。子会社の住友建機で取締役・社長を務めた建機畑から、2019年4月に社長兼CEOへ
別川俊介
べつかわ しゅんすけ
生え抜き(1978年入社)。財務経理本部長・CFOを経て2013年4月に社長兼CEOへ
中村吉伸
なかむら よしのぶ
生え抜き(1975年入社)。常務執行役員・専務執行役員・取締役を経て2007年4月に社長へ
日納義郎
ひのう よしお
生え抜き(1969年入社)。プラスチック機械事業部長から取締役・常務を経て1999年4月に社長へ
小澤三敏
おざわ みとし
生え抜き(1959年住友機械工業入社)。入社後およそ20年を設計畑で過ごし、取締役・常務・専務を経て1993年4月に57歳で社長へ
浦賀重工業の出身。1969年の合併で発足した住友重機械工業で社長を務めた、造船側から出た社長である
合田茂
ごうだ しげる
生え抜き(1948年住友機械工業入社)。取締役・常務・専務・副社長を経て1983年6月に社長へ。円高下の造船不況に対し1986年12月から1000名規模の希望退職を実施した
1970年5月に子会社・日特金属工業の社長として再建に派遣され、1971年に同社副社長兼日特重車輌社長。本体に戻り1973年11月に社長へ。浦賀重工業合併と日特金属合併の双方に携わった
岩崎信彦
いわさき のぶひこ
外部出身(1933年住友合資入社、1948年に住友機械工業へ)。1955年5月の再建人事で取締役、常務・専務・副社長を経て1970年5月に社長へ
外部出身(住友銀行)。1955年2月の再建人事で常務として住友機械工業に入り、専務を経て1965年2月に社長へ。1969年6月の浦賀重工業との合併で住友重機械工業の初代社長となった
外部出身(住友金属工業専務)。白水会の下に置かれた住友機械再建小委員会の委員長として再建策を立て、1955年2月の全役員更迭にあわせて社長へ。1965年2月に病気のため市川恒雄専務に後事を託して辞任した
就任年は資料で確認できていない。1954年3月期の赤字と1954年度約7億円の欠損という経営危機の責任を負い、1955年2月の全役員更迭にあわせて退任した