印ランバクシーの買収(2008年・第一三共の決断)

更新:
論点 新興国の後発薬大手を買収するか
第一三共:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
買収による事業構造の二本立て化と「複眼経営」への移行

何をなぜ決めたか:買収による事業構造の二本立て化と「複眼経営」への移行

概要

2008年6月11日、第一三共はランバクシー・ラボラトリーズの議決権保有割合を50.1%以上とする取引について、同社および創業家一族と合意した。株式取得を完了したのは同年11月7日で、取得した議決権比率は63.92%、取得原価は4,883億54百万円にのぼる。

新薬と後発薬、先進国と新興国の双方を手がける「複眼経営」を庄田隆社長が掲げ、その最初の一手として打たれたクロスボーダー買収である。

背景

掲げていたのは2015年ビジョン「Global Pharma Innovator」で、売上高1兆5,000億円、営業利益率25%以上、海外売上高比率60%以上という水準だった。

永続的な成長には、医療用医薬品事業を先進国市場で拡充するだけでなく、新興国市場を新たな成長機会として取り込む必要がある。先進国のハイリスク・ハイリターンの従来型ビジネスに加え、新興国へのグローバルリーチを広げ、後発医薬品で先進国の薬剤へのリーチも広げる——これが複眼経営の中身だった。

内容

取得は三つの方法を組み合わせた。創業家一族からの取得が2,309億70百万円、市場からの公開買付けが1,694億7百万円、第三者割当増資の引受けが850億1百万円で、取得に直接要した支出額が29億74百万円。

受け入れたのは流動資産2,417億66百万円と固定資産1,518億62百万円で、のれん以外の無形固定資産には商標関連409億83百万円(償却期間10年)が配分された。差額のれん4,086億75百万円は20年の均等償却とし、取得原価のうち69億9百万円は仕掛研究開発費として費用処理している。

含意

子会社化から5か月後に迎えた2009年3月期末で、のれん4,086億75百万円のうち3,513億9百万円を特別損失として一括償却した。連結の特別損失は3,672億30百万円に達し、当期純損失は2,154億円。提出会社の財務諸表でも、期末の市場価格が取得原価に比べ50%以上下落したとして関係会社株式評価損4,024億20百万円を計上した。

引き金は買収完了前にあった。2008年9月、米FDAがインドのパオンタサヒブとデワスの2工場に米国GMP違反の警告状を出し、この2工場からの米国向け製品に輸入禁止措置が取られていた。

いつ何が起きたか 10件
考察:複眼という理想と、現場という現実
考察

考察:複眼という理想と、現場という現実

この買収でほんとうに買ったのは、後発薬の製造能力ではなく、インド企業の製造管理そのものだったのだろう。取得原価4,883億54百万円のうち4,086億75百万円がのれんだったという配分は、受け入れた有形の資産がごく薄かったことを意味する。値がついていたのは、新興国に広がる販路と、米国を含む先進国へ後発薬を出せるという資格である。その資格がFDAの警告状ひとつで宙に浮いた以上、のれんが5か月で8割方消えたのは会計処理の厳しさではなく、買った対象の性質がそのまま出たと読むべきかもしれない。

もっとも、この授業料が無駄に終わったとも言い切れない。買った棚ごと自社のものにする路線が軋むなかで、第一三共は社内で抗体薬物複合体(ADC)の研究を育て、のちにエンハーツへつなげていった。外から丸ごと取得する経営から、必要な要素を必要なだけ持つ経営へ——ランバクシーで払った代償は、その後のM&A観の転換に影を落としているようにも見える。理想を掲げた買収が撤退に終わり、その反省が次の成長の型を形づくったとすれば、この判断の意味は決算書の赤字だけでは測りきれない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
数字で見る 3表

数字で見る

図と表

第一三共:のれんと有利子負債・総資産の推移

のれん(百万円)有利子負債率(%)
第一三共:のれんと有利子負債・総資産の推移
(百万円) のれん有利子負債総資産 備考
2006年3月期 −16,9211,596,126 当時の科目は連結調整勘定で、期末残高は9,788百万円
2007年3月期 18,56910,0931,636,835 ゼファーマの取得により、のれんの科目で計上が始まった
2008年3月期 15,403861,487,888
2009年3月期 77,380327,2791,494,599 ランバクシーののれん408,675のうち351,309を特別損失として償却した残り
2010年3月期 73,769290,9111,489,510
2011年3月期 67,316299,3981,480,240
2012年3月期 82,742275,0791,518,479
2013年3月期 73,543266,9901,644,071
2014年3月期 84,738266,8151,813,954
出所:第一三共 有価証券報告書 第1〜9期(連結貸借対照表)
出所:第一三共 有価証券報告書 第1〜9期(連結貸借対照表)

第一三共:ランバクシー事業のセグメント損益

ランバクシーグループ 売上高(百万円)ランバクシーグループ セグメント利益率(%)
第一三共:ランバクシー事業のセグメント損益
(百万円) インド所在地 売上高ランバクシーグループ 売上高ランバクシーグループ セグメント利益 備考
2009年3月期 15,254−− 連結は3か月分。所在地別セグメントのインドの営業損益は△18,907百万円
2010年3月期 59,916−− 所在地別セグメントのインドの営業利益は4,531百万円
2011年3月期 −171,93836,824 この期から報告セグメントを第一三共グループとランバクシーグループに分けた
2012年3月期 −175,495△43,774
2013年3月期 −183,49116,388
2014年3月期 −220,560△15,383
出所:第一三共 有価証券報告書 第4〜9期(セグメント情報)
出所:第一三共 有価証券報告書 第4〜9期(セグメント情報)

買収の条件

買収の条件
科目 概要 備考
被取得企業 ランバクシー・ラボラトリーズLtd. インド・デリー市。高脂血症及び感染症等の領域における後発医薬品の製造・販売及び研究開発
被取得企業の規模 売上高74,255百万インドルピー 2007年12月期・現地会計基準の連結値。総資産72,748、経常利益9,985百万インドルピー
合意の日 2008年6月11日 議決権保有割合が50.1%以上となることを目的とする取引を、同社および創業家一族と合意した
企業結合日 2008年11月7日 連結損益計算書に含めた被取得企業の業績は2008年10月1日から12月31日までの3か月
取得の法的形式 現金を対価とする株式取得 創業家一族からの取得、第三者割当増資の引受け、市場からの公開買付けを組み合わせた
取得した議決権比率 63.92%
取得原価 488,354百万円 創業家一族から230,970、公開買付による取得169,407、第三者割当増資85,001百万円
取得に直接要した支出額 2,974百万円
受け入れた資産 流動資産241,766/固定資産151,862百万円 引き受けた負債は流動169,103・固定98,881、ほかに新株予約権6,386・少数株主持分46,489
のれん 408,675百万円 取得原価が受け入れた資産・負債への配分額を上回った超過額。20年間で均等償却とした
のれんの一括償却 351,309百万円 2009年3月期に特別損失として計上。連結の特別損失合計は367,230百万円に達した
関係会社株式評価損 402,420百万円 提出会社の財務諸表。期末の株式の市場価格が取得原価に比べ50%以上下落したことによる
のれん以外の無形固定資産 商標関連40,983百万円 償却期間は10年。ほかに借地権5,917百万円があり、償却期間は定めていない
仕掛研究開発費 6,909百万円 取得原価のうち研究開発費に配分し、当期の費用として処理した
通期換算した影響額 売上高92,015百万円 経常利益は△73,218百万円。期首に完了したと仮定した概算額で、監査証明を受けていない
出所:第一三共 有価証券報告書 第4期(2009年3月期)【企業結合等関係】【経営上の重要な契約等】・第3期(2008年3月期)【重要な後発事象】
出所:第一三共 有価証券報告書 第4期(2009年3月期)【企業結合等関係】【経営上の重要な契約等】・第3期(2008年3月期)【重要な後発事象】
参考文献

参考文献

参考
  • 第一三共 有価証券報告書「第3期(2008年3月期)【重要な後発事象】2. ランバクシー・ラボラトリーズLtd.の株式取得」
  • 第一三共 有価証券報告書「第4期(2009年3月期)【経営上の重要な契約等】(2) ランバクシー・ラボラトリーズLtd.の株式取得」
  • 第一三共 有価証券報告書「第4期(2009年3月期)【企業結合等関係】(ランバクシー・ラボラトリーズLtd.)」
  • 第一三共 有価証券報告書「第4期(2009年3月期)【事業等のリスク】④ランバクシーの事業活動の動向」
  • 第一三共 有価証券報告書「第4期(2009年3月期)財務諸表 注記(関係会社株式評価損)」
  • 第一三共 有価証券報告書「第5期(2010年3月期)【対処すべき課題】②ランバクシー社の米国FDA問題等について」

次に読む決断

免責事項およびポリシー