第一三共三共と第一製薬の経営統合と第一三共の誕生

時期 2005年2月
概要
2005年9月、三共と第一製薬が共同株式移転で持株会社『第一三共』を設立し、2007年4月に両社を吸収合併して事業会社へ移行した、製薬大型再編の代表例である。
背景
三共の主力メバロチンは国内特許が切れて2004年度第3四半期までの販売が前年同期比17%減となり、米国特許も2006年4月に切れる端境期にあった。同年は山之内×藤沢のアステラスなど大型合併が相次いだ。
内容
いきなりの合併ではなく、まず共同持株会社を設けて2年かけて事業を統合する2段階方式を採った。株式移転比率は三共1株に対し第一製薬1株を1.159株とした。
含意
『緩やかな統合』で社風や歴史への配慮と速やかな効果の両立を図った。研究開発の選択と集中、国内営業力の強化を狙った再編であった。
筆者の見解

「緩やかな統合」という選択

三共と第一製薬の統合が示すのは、対等に近い大型再編で持株会社という緩衝段階を置く設計の意義であろう。いきなりの合併ではなく、まず共同持株会社のもとに両社をぶら下げ、2年をかけて事業を一体化していく道筋は、それぞれの歴史や企業文化への配慮と、統合効果の実現を両立させる工夫だったとみられる。一方で、緩やかな段階を踏むことは、社内の融合や意思決定の一体化に時間を要する面もはらむ。統合の巧拙は、こうした移行設計をどれだけ速やかに実体のある一体経営へと結実させられるかにかかっているといえる。

この案件は、規模の拡大が目的の達成を約束するものではないことも示している。国内3位という地歩を得た第一三共は、次の成長を海外大型買収に求めたが、その挑戦は容易ではなかった。再編で得た体力をどの領域に振り向けるか——後年のがん領域への注力が一定の成果を見たことを踏まえれば、統合の成否は発足の時点ではなく、その後の戦略の選択によって決まると読み取ることもできる。

Yutaka Sugiura

出典・参考

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