IHIの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

足りない設備は、そのつど他社ごと取り込んで埋めてきた。隅田川河口の東京工場では大型船を建造できず、1960年12月に播磨造船所と合併し、相生の大型ドックを得て四万総トン級タンカーの建造に入った。1968年3月には呉造船所も合併し、造船で世界首位に立つ。しかし石油危機でタンカー需要が構造的に細ると、1979年に4,610人が希望退職に応じ、1987年3月期は212億円の当期純損失を計上した。人員整理にとどめず陸上機械・産業機械へ事業構成を転換し、2000年7月には日産自動車から宇宙航空事業を取得した。設備を埋めるために重ねた買収が、やがて造船から航空へ移る手段にもなった。

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