川崎重工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

陸海空を一社で持つという初代社長の構想へ、40年かけて戻ってきた。松方幸次郎氏は造船から鉄道車両・航空機・製鉄まで広げたが、1927年の金融恐慌で十五銀行の取り付けに巻き込まれ、造船の本体を残すために1928年5月に鉄道車両事業を川崎車輌として分離した。1931年7月には和議を申請し、1万7,000名を抱える会社は政府の特別融資で存続した。戦後は賠償指定とドッジデフレのもとで1950年8月に製鉄部門を川崎製鉄として分離し、本体は造船・造機・電機に絞られる。1969年4月に川崎航空機工業と川崎車輌を合併し、40年前に手放した鉄道車両と航空機が同じ会社へ戻った。

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