ホシザキ米LANCER・デンマークGRAM買収による北米飲料機器と欧州冷蔵庫の取得

自前で広げるか、買って揃えるか——製氷機で世界一を掲げたホシザキ電機の選択

時期 2006年2月
意思決定者(推定) 坂本精志 社長
論点 海外事業の拡張手段と製品領域の補完
概要
2005年10月に合意し2006年2月に完了した米LANCER CORPORATION(飲料ディスペンサ)の買収と、2008年9月のデンマークGRAM COMMERCIAL A/S(業務用冷蔵庫)の買収により、ホシザキ電機が北米と欧州の事業を自前の現地法人設立ではなく企業買収で取得した経営判断。
背景
1981年の米国進出以来、同社は現地法人の設立と工場建設を積み重ねて海外網を広げてきた。2005年6月に創業者の長男・坂本精志氏が社長へ復帰し、国内子会社の本体集約と海外投資が同時に動き始めた。
内容
LANCERは1株22.00米ドル、総額およそ2億1,500万米ドルの現金対価で全株を取得。GRAMは395百万デンマーク・クローネ(約86億円)で100%を取得した。いずれも自社が持たない製品と販路を丸ごと取り込む買収であった。
含意
製氷機・食器洗浄機・冷蔵冷凍庫・飲料機器という4分野を世界規模で揃える構図が、この2件で概ね形になった。以後のホシザキは地域と製品の空白を買収で埋める方式を繰り返している。
筆者の見解

時間を買うという選択の後始末

この2件の核心は、海外で何を売るかではなく、海外の事業をどう手に入れるかという手段の選択にあったとみることができる。1981年から25年をかけて現地法人と工場を積み上げてきた会社が、飲料ディスペンサでは米国2位のメーカーを、冷蔵庫では欧州の老舗の製造会社を、それぞれ丸ごと買った。自前で製品を起こして販路を作れば10年単位の時間が要るところを、対価を払って短縮したことになる。創業家の当主が復帰して1年足らずでこの規模の投資に踏み込んだ点にも、意思決定の速さがうかがえる。

もっとも、買った事業を自社の一部として動かす作業は、契約の締結で終わらない。GRAMの買収から3カ月後には金融危機下での株式上場が控えており、外食の設備投資が冷え込む時期と重なった。買収でそろえた品揃えが各地域で本当に噛み合うかは、その後の十数年をかけて検証されていく性質のものであった。地域ごとに製品の空白を埋める買収を積み重ねる今日のホシザキが、どこまで一つの企業として束ねられているのか——2006年と2008年の選択が投げかけた問いは、なお続いているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

25年かけて自前で築いた海外網

ホシザキ電機の海外事業は、現地法人を置き、工場を建て、そこから販路を広げる手順で積み上げられてきた。1981年12月に米国カリフォルニア州でHOSHIZAKI AMERICAを設立したのが最初で、1986年10月にはジョージア州の本社工場が動き、北米向け製品の現地生産に切り替わった。欧州では1992年9月にオランダ・アムステルダム市にHoshizaki Europe B.V.、1994年1月に英国シュロプシャー州へHOSHIZAKI EUROPE LIMITEDを置いた。アジアでも1996年9月のシンガポール駐在員事務所を1999年10月に現地法人へ改め、1998年6月には北京市に事務所を構えている[1]

2006年初めの時点で、グループは日本に6工場、米国に2工場、英国に1工場を構え、オランダ・シンガポール・中国に販売子会社を置く陣容にあった。従業員はおよそ8,000人、売上は14億米ドル規模と対外的に説明されている。製氷機・冷蔵庫・食器洗浄機・ビールサーバーを揃えた品揃えは日本国内では厚かったが、海外で通用する製品の幅は国内と同じではなかった。自前で25年を費やして届いた地点から先を、同じ速度で歩むかどうかが問われていた[2]

創業家の復帰と連結経営への組み替え

2003年11月に創業者の坂本薫俊氏が逝去し、本体の経営から距離を置いていた長男の坂本精志氏が復帰した。2005年6月に代表取締役社長へ就いた坂本精志氏は、1965年の製氷機事業と1981年の米国進出をいずれも自ら立ち上げた人物であり、海外での事業拡張に対する判断の軸を持っていた。社長就任の半年後にあたる2005年12月には、販売子会社の坂本商事と家電販売のホシザキ家電を本体へ吸収合併し、重複する販売管理の費用を整理している[3][4]

国内で子会社を本体へ寄せる作業と並んで、海外では受け皿の整備が進んだ。2006年1月に米国でHOSHIZAKI USA HOLDINGSを設立して北米事業を持株会社の下に置き、同月には中国の蘇州にも生産拠点となる現地法人を設けている。地場の販売会社が連なる集合体から、連結で管理する企業集団へ組み替える作業と、海外での大型投資の準備は同じ時期に重なった。買収の話が動き出したのは、この組み替えの途中であった[5]

決断

LANCER買収——飲料ディスペンサ大手の全株取得

2005年10月20日、ホシザキ電機は米国テキサス州サンアントニオ市のLANCER CORPORATIONについて、発行済株式の全株を約2億1,500万米ドルで取得すると公表した。LANCERは飲料ディスペンサやビールディスペンサを開発・製造・販売する会社で、2004年12月期の売上は約1億2,400万米ドル、従業員は約1,200人。メキシコ・オーストラリア・ニュージーランド・ベルギー・英国にも事業所を持っていた。合併契約は同年10月18日にホシザキの米国子会社HOSHIZAKI AMERICAとの間で結ばれている[6][7]

買収の狙いは、製氷機と飲料ディスペンサを一体で開発できる体制を作る点にあった。氷と飲料は飲食店の店頭で同じ場所に並ぶ設備であり、LANCERが持つ飲料の抽出技術と自社の製氷技術を合わせれば、米国・欧州・オセアニアの製造販売拠点も束ねられる。ホシザキ電機は公表資料で、5年後に製氷機市場で世界一となることを目標に掲げた。手続きは翌2006年2月2日に完了し、LANCER株式は米国証券取引所での売買を終えて上場廃止となった[8][9]

GRAM買収——欧州の冷蔵庫を製造ごと取り込む

2008年9月1日、ホシザキ電機は欧州の持株会社Hoshizaki Europe Holdings B.V.を通じて、デンマークのGRAM COMMERCIAL A/Sの株式100%を取得する契約を結んだ。取得価額は395百万デンマーク・クローネ、日本円でおよそ86億円。GRAMは1901年創業のGram社から2000年に分離独立した業務用冷蔵庫・冷凍庫のメーカーで、デンマーク・ヴォイエンス市に本社を構え、2008年8月1日時点の従業員は217名、2008年12月期の売上は約69億円を見込んでいた[10][11]

欧州でホシザキ電機が持っていたのは、オランダと英国の販売・生産の拠点であり、業務用冷蔵庫については現地で戦える製品の幅を欠いていた。GRAMは製品のバリエーションと欧州各地の営業網を備えており、買収は空白を埋める形で行われた。同社は公表資料で、欧州での業務用冷蔵庫の拡販によるシェア向上と、相乗効果による将来の売上・利益面での効果を期待すると説明している。LANCERが北米の飲料機器、GRAMが欧州の冷蔵庫と、2件はいずれも地域と製品が重ならない補完関係にあった[12]

結果

4分野を世界で揃える構図と、その後の連続買収

2件の買収を経て、ホシザキのグループは製氷機・食器洗浄機・冷蔵冷凍庫・飲料機器という4分野を、日本・北米・欧州のいずれでも扱える構えとなった。同社は近年の統合報告書でもこの4分野をコアと位置づけている。国内では2006年7月にネスターを株式交換で、同年12月にサンセイ電機を完全子会社化しており、海外での大型買収と国内グループの整理が同じ時期に並行した。2008年12月期の連結売上は1,703億円、営業利益は94億円であった[13][14]

買って揃えるという手段は、以後のホシザキの標準となった。2013年1月にインドのWestern Refrigeration、同年7月にブラジルのAços Macom、2019年12月にトルコのOztiryaklerと続き、2022年7月にはイタリアのBrema Groupを取得して、祖業である製氷機の欧州事業を厚くしている。2025年7月には米国のStructural Concepts(食品ショーケース)を完全子会社化した。地域と製品の空白を一件ずつ埋める方式は、LANCERとGRAMの2件で型が定まったとみることができる[15]

出典・参考

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