ダイフク技術提携先であった米ジャービス・ビー・ウェブ社の買収と空港システム事業への参入

半世紀前に技術を借りた相手を、なぜ傘下に収めたか

時期 2007年12月
意思決定者(推定) 北條正樹 社長
論点 北米基盤の拡充と新事業領域の獲得
概要
2007年12月、ダイフクは米国の搬送機械大手ジャービス・ビー・ウェブ社の全株式を取得し子会社化した。1957年に自動車工場向けチェン・コンベヤの技術を供与された相手を、半世紀を経て傘下に収めた買収で、自動車搬送の北米基盤と空港手荷物搬送という新しい事業領域を一度に得た。
背景
1919年にミシガン州デトロイトで創業したWebb社は、自動車業界向けリベットレスチェンコンベヤを開発し、空港向け手荷物搬送システムや無人搬送車へ製品を広げていた。ダイフクは中国・インドへ拠点を伸ばす一方、北米では自動車搬送が中心で、空港領域の事業を持たなかった。
内容
連結売上高が2007年3月期に2,327億円へ伸びたところで、ダイフクはWebb社の全株式を取得した。自前では時間のかかる空港手荷物搬送を、その分野の専業会社ごと取り込む買収で、Webb社は現在のDaifuku Airport America Corporationにあたる。
含意
買収の直後に金融危機が訪れ、連結売上高は2009年3月期2,422億円から2010年3月期1,542億円へ落ち込んだ。それでも空港事業は2011年の英Logan Teleflex、2014年のニュージーランドBCS Group買収へ続き、EC物流・半導体とともにダイフクの四本柱の一つになった。
筆者の見解

教わる側から買う側へ

北米で空港事業を買い足した案件として整理すると、この買収の含みは落ちてしまう。ダイフクが全株式を取得したのは、1919年創業のジャービス・ビー・ウェブ社、すなわち1957年にチェンコンベヤの技術を教えた側の会社であった。日本初の乗用車専用工場の一貫生産ラインは、その借りた技術で組まれている。半世紀のあいだに、教わる側と買う側が入れ替わったとみることができる。

もっとも、この買収を因縁の完結として読むと実態から離れる。ダイフクが求めたのは空港手荷物搬送という自前では時間のかかる領域であり、Webb社の名はDaifuku Airport Americaへ改まって、1919年から続いた社名は残らなかった。買収の翌々年には金融危機で連結売上高が4割近く減り、成果が数字に出るまでには年月を要した。技術提携は、貸した側がいつまでも上位に立つ関係ではないといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

北米に欠けていた事業領域

2000年代のダイフクは、アジアへ拠点を広げながら業績を伸ばしていた。2002年3月に上海へ大福自動化物流設備を設けて中国へ本格進出し、2005年10月にはDaifuku Indiaを設立して新興国へ地理的な厚みを加えた。連結売上高は2002年3月期の1,346億円から2007年3月期の2,327億円へ、経常利益は18億円から185億円へ伸びた。拡大の軸はアジアの工場新設ラッシュにあり、北米は1983年に設けた現地法人を中心とする自動車搬送が中心であった[1][2]

買収の相手となるジャービス・ビー・ウェブ社は、1919年に米国ミシガン州デトロイトで創業した搬送機械メーカーであった。自動車業界向けのリベットレスチェンコンベヤを開発したのち、空港向け手荷物搬送システムや無人搬送車(AGV)へと製品群を広げていた。ダイフクとは1957年にチェンコンベヤシステムで技術提携を結んだ間柄で、日本初の乗用車専用工場の一貫生産ラインにもその技術が使われていた。半世紀にわたる相互理解が下地にあった[3][4]

決断

かつての技術供与元の全株式取得

2007年12月、ダイフクはジャービス・ビー・ウェブ社の全株式を取得し、子会社化した。自動車搬送で北米の顧客基盤を厚くすると同時に、Webb社が強みを持つ空港の手荷物搬送を手に入れる買収であった。空港向けシステム事業への参入は、この買収によって始まっている。技術を教わる側だった会社が、半世紀を経て相手の株式をすべて引き受ける立場へ回った[5][6]

買収の年は、創業から70年を数える年でもあった。同年3月には電子機器子会社のコンテックが東京証券取引所市場第二部へ上場し、資本市場からも資金を集めている。連結売上高が2,327億円、経常利益が185億円と当時の最高水準に達したところで、自前で育てれば長い時間を要する空港の領域を、その分野の専業会社ごと取り込む道を選んだ。手にした技術で作るのではなく、技術を持つ会社を買う方法であった[7][8]

結果

金融危機を挟んだ空港事業の育成

買収の効果はすぐには表れなかった。金融危機で設備投資が世界的に凍りつき、連結売上高は2009年3月期の2,422億円から2010年3月期の1,542億円へ落ち、営業利益は1億円、経常損益は1億円の損失に沈んだ。それでもダイフクは買収を重ねた。2011年1月に米Daifuku Webb Holding(現Daifuku North America)を設けて北米子会社群を束ね、同年4月には英Logan Teleflexを買収して欧州の空港手荷物搬送を取り込んだ[9][10]

空港事業は買収を重ねて地域を埋めた。2014年12月にはニュージーランドのBCS Group(現Daifuku Oceania)を買収してオセアニアの空港事業を得た。2007年のWebb社買収から2014年までの7年で、空港・EC物流・自動車・半導体の四つの事業を北米・欧州・中華圏・オセアニアで束ねる体制が整い、連結売上高は2015年3月期の2,673億円から2019年3月期の4,595億円へ、営業利益は149億円から547億円へ伸びた[11][12]

出典・参考
  • ダイフク 有価証券報告書【沿革】
  • ダイフク 有価証券報告書(2002年3月期〜2019年3月期・連結)
  • ダイフク 公式サイト「沿革」(https://www.daifuku.com/jp/company/history/)
  • ダイフク 公式サイト「空港向けシステム事業参入の契機となったWebb社のダイフクグループ入り」(https://www.daifuku.com/jp/daifuku-square/article/001244/)

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