安川電機の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

新しい事業は、創業の地から離した場所で育ててきた。1932年5月、17年続いた赤字のなかで配電盤と変圧器から撤退してモートルへ集中し、量産の利く一品種へ経営資源を集中した。戦後は需要の伸びた家電へ出ず、競争の緩い産業用途に的を絞る。1958年に低慣性のミナーシャモータを発明したのち、1964年には九州を離れた初の生産拠点として埼玉県入間市に東京工場を新設し、サーボモータの量産を開始した。黒崎には汎用モータを残し、新しいエレクトロニクスだけを関東で育てる配置である。1969年にメカトロニクスを提唱し、1976年にNC装置YASNAC、1977年にアーク溶接ロボットMOTOMAN-L10を完成させた。品目を減らして残した電動力と制御の技術は、黒崎ではなく入間で産業自動化の主力製品になった。

  • 1932年5月 モートル事業へ集中
    業績の推移
    193119321937
    売上高(億円)000
    税引前当期利益率(%)-41.1-30.617.4
  • 1915年7月 安川敬一郎の電機国産化

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