大福機工がビューラーとウェブの技術を導入できたのは、親会社の兼松から資金を打ち切られ、自らの技術しか頼るものがないところまで追い込まれていたからであった。累積赤字は6,000万〜7,000万円に達し、社員の約4割を整理して工場も売っている。益田乾次郎氏は相手側代表を説き伏せ、大赤字の会社に世界水準の提携先を引き入れた。退路を断たれた機械工場の選択が、搬送機械への道を開いたのだろう。
祖業の鍛圧技術に外部の搬送技術を接いだこの時期の判断は、のちに空港やEC物流まで手がける専業メーカーの土台となった。もっとも、提携してすぐに安定したわけではなく、鍛造チェンを国産で作るまでには難題が多く、ビューラーとの先約がウェブとの提携とぶつかりかけるなど、二筋の技術を抱えるには調整が絶えなかった。業態転換の成否は、技術をどこから借り、何を自前で残すかに表れるといえる。