この進出を、日本メーカーの海外展開の一例として並べるだけでは、時期の選び方が見えにくい。出て行った先は、1957年に自動車搬送の技術を借りたジャービス・ビー・ウェブ社の本拠であった。手にしていたのは、日本初の無人搬送車"プロントウ"や高層自動倉庫"ラックビルシステム"のように、国内で自ら育てた製品系列である。借りた技術を自前の商品に変え終えたという手応えが、進出の時期を決めただろう。
もっとも、1983年の現地法人がただちに北米の主力事業になったわけではない。自動車工場向けの一拠点にとどまり、空港やEC物流を含む北米基盤が整うのは、2007年のジャービス・ビー・ウェブ社買収から2013年のWynright買収にかけてであった。設立から実に四半世紀である。海外市場は、拠点を開設した年ではなく、そこで何を売れるようになった年に開くといえる。