決断
世界初の製品で市場を作り、育った事業は他社へ譲渡してきた。1960年に世界初の無接点近接スイッチで制御機器メーカーへ転換し、保護継電器という単品への依存から抜ける。1967年3月には制御技術を社会インフラへ展開し、阪急北千里駅で世界初の無人駅システムが動いた。1963年にはストレス学説の権威ハンス・セリエ博士とモントリオール大学実験医学研究所で共同研究契約を締結し、1973年の血圧計1号機へつなげている。ところが2019年10月には車載電装部品事業をニデックへ、2021年3月にはATM事業を日立製作所へ譲渡した。世界初を出す速さで広げた事業の幅は、2010年代には売却の対象へ置き換わった。
2026年3月 電子部品事業のカーライルへの譲渡
2024年2月 NEXT 2025で2000人削減
NEXT 2025で2000人削減中国市場の投資需要に依存した制御機器事業が景気低迷で急失速し、固定費を抱えたままでは変動の大きい事業環境に耐えられないとして、人員と能力を再配置する構造改革同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ連結従業員数と構造改革費用2023 2024 2026 連結従業員数(人/百万円) 28,034 28,450 26,050 構造改革費用(百万円) − − 2,617 1967年3月 阪急北千里駅の無人化
阪急北千里駅の無人化制御技術に電子計算機を結んだサイバネーションを武器に、工場の自動化から駅務・交通・金融という社会インフラの自動化へ応用先を拡大した多角化同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1966 1967 1972 売上高(億円) 64 98 401 純利益率(%) 6.6 10.2 4.5 1960年 無接点近接スイッチで転換