オムロン の歴代社長

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1948年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

立石一真退任

1948年社長就任

代表取締役社長

立石孝雄退任

1979年社長就任

1956年入社1959年取締役代表取締役社長

作田久男退任

2003年社長就任

1968年入社1995年取締役1999年執行役員取締役社長に就任

山田義仁退任

2011年社長就任

1984年入社2008年執行役員代表取締役社長

辻永順太現任

2023年社長就任

2016年入社2021年執行役員
創業社長の関係
創業

1933年5月、立石一真氏がレントゲン写真撮影用タイマの製造で大阪市都島区に立石電機製作所を起こした。1948年5月の株式会社改組から1979年6月まで、一真氏が31年にわたり社長を務めている。後任も創業家の立石孝雄氏で、創業家出身の社長は2003年6月に作田久男氏へ代わるまで55年続いた。

社長登用の傾向
登用

2003年以降の3代はいずれも生え抜きで、外部出身の社長は確認できない。作田久男氏は1968年入社でエレクトロニクスコンポーネンツビジネスカンパニー社長、山田義仁氏は1984年入社の執行役員常務、辻永順太氏は1989年入社でIAB社長を経ている。事業カンパニーを任せて選ぶ型が続いているように見える。

社長任期の傾向
任期

最長は創業者の立石一真氏の31年で、続く立石孝雄氏まで創業家が55年トップを占めた。直近3代は作田久男氏が8年、山田義仁氏が12年、辻永順太氏が就任4年目である。生え抜きに移ってからも8年・12年と長く、事業カンパニー長として数字を出した者に任せ切る運用と思われる。

いまの体制への含意
含意

入社から社長就任まで35年前後を要し、出身校は京都大学慶應義塾大学同志社大学京都産業大学と割れている。学歴ではなく事業カンパニーでの成績が物差しになっていると思われる。退任した社長が取締役会長へ移る運びが続き、創業家の立石文雄氏も2021年まで会長に在った。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
立石一真(1948年就任)1948〜1979年1948年就任31年退任創業家代表取締役社長決断1960年無接点近接スイッチで転換1967年阪急北千里駅の無人化
立石孝雄(1979年就任)1979〜2003年1979年就任24年退任創業家代表取締役社長
作田久男(2003年就任)2003〜2011年2003年就任8年退任生え抜き取締役社長に
山田義仁(2011年就任)2011〜2023年2011年就任12年退任生え抜き代表取締役社長
辻永順太(2023年就任)2023年〜現任2023年就任4年現任生え抜き社長CEO2016年3月にオムロンへ入社した。2021年3月に執行役員常務となり、制御機器を担うインダストリアルオートメーションビジネスカンパニー(IAB)の社長を務めた。2023年4月に社長CEO、同年6月に代表取締役へ進んだ。入社から社長就任までは7年で、主力事業のカンパニー社長を1つ挟んだだけの経路である。決断2024年NEXT 2025で2000人削減

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