決断
他社へ部品を納める工場から、自社の名で完成品を売るメーカーへ移ろうとした会社である。1948年に通産省の勧めでオルゴールの研究に入り、1950年8月に量産へ移すと、1951年に東京、1952年に大阪へ営業所を出した。1956年には昭栄製糸の下諏訪工場を買収し、翌1957年に8ミリ撮影機と映写機へ進んで、ニューヨークにも事務所を構えた。一方で1959年に始めたマイクロモーターは、自社の8ミリ機を動かす部品であり、家電向けのタイムスイッチとともに部品の商売へ再び足をかける一手となった。
他社へ部品を納める工場から、自社の名で完成品を売るメーカーへ移ろうとした会社である。1948年に通産省の勧めでオルゴールの研究に入り、1950年8月に量産へ移すと、1951年に東京、1952年に大阪へ営業所を出した。1956年には昭栄製糸の下諏訪工場を買収し、翌1957年に8ミリ撮影機と映写機へ進んで、ニューヨークにも事務所を構えた。一方で1959年に始めたマイクロモーターは、自社の8ミリ機を動かす部品であり、家電向けのタイムスイッチとともに部品の商売へ再び足をかける一手となった。
免責事項およびポリシー