日本市場では製品力よりも企業の歴史と信用が取引の前提条件とされ、創業直後の日本電産は国内で全く受注できなかった。永守が選んだのは、性能と価格のみで評価する米国市場で先に実績を作り、その評価を日本に逆輸入するという迂回戦略であった。さらにKEDからの出資も、金額そのものより「信用の…
世界シェア1位の日本電産が、競争で疲弊した2位の信濃特機を救済的に買収するという構図は、価格競争の結果として寡占が自然に完成する過程を示している。独禁法の壁は「雇用維持」という条件で突破されたが、買収後にシェア約90%を握ったことで、日本電産はHDD向けモータの価格決定力をほぼ完…
日本電産の買収基準は通常のM&Aの常識と逆であった。優良企業ではなく「工場が汚く社員が働かない企業」を選び、かつ収支がトントンであることを条件とした。この基準の合理性は、是正可能な非効率が多い企業ほど、規律改善だけで利益が出るという単純な論理に基づく。さらに「従業員を解雇しない」…
永守重信は過去に複数の外部招聘社長を登用したが、いずれも短期間で退任に至った経緯がある。2024年の岸田就任では、副社長5名による競争体制を経た選抜と、代表取締役2名の併存による段階的移行という枠組みが採られた。しかし、創業者が代表権を保持したまま並走する体制は、後継社長の裁量を…