重要な意思決定
1989

信濃特機を買収(HDD向けモータ)

背景

HDD向けスピンドルモータで世界シェア72%を握った日本電産の独走態勢

1980年代を通じて日本電産はHDD向けスピンドルモータへの積極投資を続け、1989年時点で生産台数1400万台、世界シェア72.2%を確保していた。2位の信濃特機(320万台・16.5%)、3位の富士電機(120万台・6.2%)を大きく引き離す独走態勢であり、HDD向け小型精密モータは日本電産の収益を支える主力事業に成長していた。

信濃特機はティアックの子会社として長野県に本社工場を置く電子部品メーカーであったが、日本電産との価格競争の激化により業績が悪化し、1988年3月末時点で債務超過に転落した。親会社のティアックは経営再建の見通しが立たないと判断し、信濃特機の売却を決定した。

決断

世界シェア2位の競合を救済買収し、雇用維持を条件に独禁法をクリア

1989年に日本電産はティアックから信濃特機の株式を取得し、資本参加による買収を実施した。シェア1位の日本電産が2位の信濃特機を買収することで、合併後のHDD向けスピンドルモータの世界シェアは約88.7%に達する計算であった。日本電産にとっては競合の救済と市場の独占体制確立を同時に実現する買収であった。

最大の障壁は独占禁止法の問題であった。合併後のシェアが約90%に及ぶことから公正取引委員会の審査が必要となった。日本電産は公正取引委員会に対して、買収後も信濃特機の従業員の雇用を維持することを約束し、独占によって国内雇用が失われないことを表明した。この雇用維持の確約が認可の決め手となった。

結果

HDD向けモータの世界市場をほぼ独占し、1990年代の収益基盤を確立

信濃特機の買収により、日本電産はHDD向けスピンドルモータの世界市場をほぼ独占する体制を構築した。1990年代前半も世界シェア80%を維持し、パソコン需要の拡大とともにHDD向けモータの出荷量は増加を続けた。この収益基盤が、1990年代後半以降の積極的なM&A戦略を支える資金源となった。

ただし、単一製品での市場独占は需要変動に対する脆弱性を内包していた。1995年3月期にはパソコン需要の一時的な減速によりHDD向けモータの受注が急減し、日本電産は25億円の最終赤字に転落する。この経験が、永守重信に「HDD依存からの脱却」を決断させる契機となった。