三浦工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

機械を売った後の年月のほうを、収益源に選んだ。1960年10月に精麦・精米機から小型貫流ボイラへ主力を移したのち、1972年に保守を有料の事業へ切り替えた。無料が当たり前だった点検と部品交換に値段を付け、1989年2月にはオンラインメンテナンスを始めて、運転状態を遠隔で見ながら水処理薬品と部品を継続して納める方式へ広げた。現在は国内約100拠点に1,200名以上のフィールドエンジニアを置く。2025年3月期の事業別区分では、売上842億円の機器販売が営業利益75億円だったのに対し、売上446億円のメンテナンスは124億円を出している。売った台数ではなく、動いている台数が利益を決める構造になった。

  • 1972年 EH型発売とメンテ有料化
    業績の推移

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