ダイキンの創業で注目すべきは、従業員15名の零細企業が海軍・陸軍の双方から指定工場認定を受けた事実の不自然さにある。通常、指定工場の認定には相応の企業規模と実績が求められるが、山田晃が大阪砲兵工廠の元工場長であったことがこの障壁を迂回させた。技術力の評価以前に、官の内部者としての…
フロン開発の起点は、退役海軍少将である技術顧問が米海軍の潜水艦冷媒採用を伝える新聞記事に着目したという偶然にある。砲弾の金属加工業者が化学プラントに参入する飛躍は計画的な多角化ではなく、海軍人脈を通じた情報優位から生じた。注目すべきは、この偶発的参入が空調機器と冷媒の一貫生産とい…
従業員300名の中小企業が住友財閥と資本提携するという異例の座組みの裏には、創業者・山田晃の周到な条件交渉があった。住友の持分が山田家を超過しないこと、取締役の過半数を派遣しないこと、経営方針に関与しないことを条件として突きつけ、住友はこれを承諾した。資金と信用は財閥から借り、経…
無配転落の経営危機にあったダイキンが朝鮮戦争の砲弾受注に賭けた判断は、社内の慎重論を押し切る形で実行された。資金調達のために住友金属工業との再提携を選び、3倍増資で創業家の持分を希薄化させたことは、同族経営と決別する転換点でもあった。累計199万発・68億円の砲弾特需で得た収益を…
ダイキンの中国参入は、現地空調メーカーとの合弁を米キャリア社に先行されたために、ミシンメーカーとの異業種合弁という変則的な形で始まった。400社が競合する家庭用を避けて官公庁・銀行向けの業務用高価格帯に集中したのも、後発ゆえに残された市場がそこしかなかったという制約の産物だった。…
ダイキンの欧州展開で注目すべきは、中国市場とは真逆の参入手法を採った点にある。中国では家庭用を避けて官公庁向け直売代理店を自前で構築したのに対し、欧州では既存の現地販売会社を買収する方式を選んだ。国ごとに気候・商習慣が異なる欧州で、各国の販売ノウハウをゼロから蓄積する時間的コスト…
ダイキンの北米市場攻略は、1990年代の自力進出失敗→2006年OYL社買収(シェア限定的)→2012年グッドマン買収という三段階で進んだ。北米特有のダクト方式と住宅設備販路の壁を、全米6万店のディーラー網を持つグッドマンの買収で一挙に突破する狙いだった。しかし買収後は4期連続経…