1997 年5月

中国展開を本格化。高価格帯エアコンの販売網を強化

歴史的意義
後発参入の制約が「高価格帯×官公庁」という独自ポジションを生んだ

ダイキンの中国参入は、現地空調メーカーとの合弁を米キャリア社に先行されたために、ミシンメーカーとの異業種合弁という変則的な形で始まった。400社が競合する家庭用を避けて官公庁・銀行向けの業務用高価格帯に集中したのも、後発ゆえに残された市場がそこしかなかったという制約の産物だった。だがこの制約が売上高利益率20%超・業務用シェア60〜70%という高収益構造を生んだ。選択肢がなかったことが最適な戦略を導いた逆説的事例である。

背景

上海協昌ミシンと合弁会社を設立

1995年11月にダイキンは中国現地のミシンメーカーと合弁会社を設立し、中国における空調機の製造販売を開始した。当初は現地の空調メーカーと合弁予定だったが、すでに米キャリア社が契約を締結しており、後発ダイキンが手を組む余地がなかった。このため、空調とは無関係のミシンメーカーを選定し、ミシンの販路を生かす形で中国における空調機の参入を図った。

決断

官公庁向け高級エアコンを販売

ダイキンは中国で高価格帯のエアコンを販売するために、400社がひしめく競争の激しい家庭向けエアコンではなく、官公庁や銀行などのカスタマイズが必要な業務用空調の顧客開拓に集中した。1997年に政府機関が集積する北京に事務所を新設。技術セミナーの開催や、販売店開拓のための飛び込み営業、卸を介さない直売代理店の整備、空調システムの個別提案によって、ダイキンブランドの浸透を狙った。 特に販売網の充実に注力し、2007年までに「販売拠点32箇所」「生産拠点9箇所」「サービス拠点3箇所」を確保。中国の沿岸部のみならず、内陸部も(北京・西安など)もカバーする販売網を整えた。 ダイキンの営業方針は、中国市場では後発参入であったために、まだ開拓されていない高価格帯という市場しか残されていなかったという事情もあった。これらの戦略は、田谷野憲氏(2014年にダイキン副社長就任)が主導する形で行われた。

結果

中国事業で高収益・高シェアを達成

1999年から2003年にかけてダイキンは中国事業で「売上高利益率20%超」の高収益を達成。また、資金繰りの面では、手形決済ではなく前払いによるキャッシュフローを実現した。2003年時点で、中国における業務エアコンのシェア60〜70%を確保し、中国事業はダイキンの収益源に育った。ダイキンの中国事業の利益は非開示であるが、統括会社における開示(FY2015まで)によれば、売上高経常利益率で10%超の高収益を確保していた。