ホシザキ の歴史

更新: Author:

創業 1947年
創業者 坂本薫俊
創業地 愛知県豊明市
創業
1947年2月、坂本薫俊氏が名古屋市瑞穂区桃園町で星崎電機株式会社を資本金18万円で設立した。1908年島根県生まれの薫俊氏がブラザー工業を退職しての独立で、当初は古巣向けのミシン部品下請けが商売だった。創業の翌月には計算尺BANTOを自社製品として送り出し、1956年1月に愛知県豊明市へ工場を移す。1957年10月には米国視察で見たウォータークーラーを手がかりに噴水型ジュース自販機の製造販売を始め、1960年代前半までを自販機メーカーとして過ごした。1965年1月に業務用の全自動製氷機を発売し、2008年12月には創業61年目に東証一部・名証一部へ株式を公開した。ホシザキ電機からホシザキへ商号を改めたのは2016年7月である。
決断
商品を替えるたび、売る網だけは自分で持ち続けてきた。自販機は大手の参入で守れる商品ではなくなり、坂本精志氏の渡米調査と薫俊氏との親子対立を経て、1965年1月に業務用の全自動製氷機へ主力を移し、代理店を通さない直販へ売り方を切り替えた。飲食店にとって製氷機の故障は営業停止に直結するため、代理店任せでは修理の質が揃わない。1966年12月のホシザキ東京を第一号に、1969年の4販社体制、1978年のホシザキ北海道、1988年の15地域分社へと直販網を全国へ広げている。営業と保守を同じ会社に置いたことが、氷は氷屋から買うという慣習ごと市場を入れ替える力を与えた。
現況
国内で組んだ直販の網を、現在は買収した会社ごと海外へ並べている。2025年12月期の売上高4,858億円のうち日本は2,267億円で、米州1,211億円・アジア803億円・欧州576億円と海外が5割を超えた。転機は、現地法人の設立から企業買収へ海外拡張の手段を切り替えたことにある。以後もイタリアBremaを2022年、パナマFogelを2024年、米Structural Conceptsを2025年に取得し、製氷機・食器洗浄機・冷蔵冷凍庫・飲料機器の4分野を地域ごとに埋めてきた。ただし営業利益率は日本13.4%・アジア18.0%に対し米州9.1%・欧州2.5%で、買収の速さに稼ぐ力が追いついていない地域が残る。
競合
最初の競合相手は、かつて商品を仕入れていた取引先だった。1972年2月に始めた業務用冷蔵庫は専業の福島工業からのOEM調達で立ち上げ、のちに内製へ切り替えて同社と競う道を選んでいる。全国の飲食店を回る販売会社を先に持っていた以上、棚に載せる製品は他社製より自社製のほうが利が厚い。1974年の島根第2工場、1982年のプレハブ冷蔵庫の自社製造化、1986年の島根本社工場と、仕入れていた品目を順に自社の工場へ移した。売る網を先に築いてから作る品目を増やしたことが、製氷機一品の会社を4分野の業務用厨房機器メーカーへ変えた。
ホシザキ:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2001年11月期2025年12月期

創業ストーリー 計算尺からジュース自販機・製氷機への業態転換と全国販社網の完成 (1947年〜)

ブラザー工業の下請けから自販機メーカーへ

ホシザキは1947年2月[1]、名古屋市瑞穂区桃園町で星崎電機株式会社として設立された[2]。創業者の坂本薫俊氏は1908年島根県雲南市生まれ、ブラザー工業(名古屋)に勤務した後に独立を志し、戦後の混乱期に資本金18万円で会社を立ち上げた[3]。創業当初の祖業はブラザー向けミシン部品の下請けで、独立直後の生活と工員の雇用はブラザー工業の発注に支えられていた。創業翌月に自社製品として送り出した計算尺『BANTO』は、創業者・坂本薫俊氏と開発メンバー大東氏の頭文字を取った命名で、戦後の物資不足下に計測機器の需要を捉えた製品となった。

  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1947年2月 名古屋市瑞穂区桃園町で星崎電機株式会社を設立
    • [2]設立時の社名は星崎電機株式会社
    • [3]設立時資本金18万円

1948年4月に本社を名古屋市中区宮出町へ[4]、1952年10月に御器所工場を昭和区天神町へ[5]、1956年1月には愛知県豊明市の豊明工場へ[6]と、創業から10年弱で生産拠点を更新した。1957年10月、坂本薫俊氏はジュース自動販売機[7]の販売に踏み込む。きっかけは薫俊氏自身の米国視察で、現地の工作機械メーカーを巡るなかでウォータークーラーの存在を知った経験にあった。自販機メーカーがほとんど存在しなかった1950年代の市場で、星崎電機は噴水型ジュース自販機の製造販売を主力商品に押し上げ、1960年代前半までを自販機メーカーとして過ごした。

  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1948年4月 本社を名古屋市中区宮出町へ移転
    • [5]1952年10月 御器所工場を名古屋市昭和区天神町に開設
    • [6]1956年1月 愛知県豊明市に豊明工場を開設
    • [7]1957年10月 ジュース自動販売機の販売を開始
  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1947年2月 名古屋市瑞穂区桃園町で星崎電機株式会社を設立
    • [2]設立時の社名は星崎電機株式会社
    • [3]設立時資本金18万円
    • [4]1948年4月 本社を名古屋市中区宮出町へ移転
    • [5]1952年10月 御器所工場を名古屋市昭和区天神町に開設
    • [6]1956年1月 愛知県豊明市に豊明工場を開設
    • [7]1957年10月 ジュース自動販売機の販売を開始

親子対立を経た製氷機への業態転換と直販子会社網の構築

1960年代に大手企業が自販機の製造販売に参入したことで競争が激化し、1965年前後に星崎電機の業績は悪化した(未上場のため具体数値は非開示)。坂本薫俊氏は息子の坂本精志氏(1937年生まれ・当時取締役)に新事業の立案を命じ、精志氏は渡米して各地の展示会を巡るなかで、日本ではまだ普及していない業務用製氷機に着目した。氷を地場の氷屋から購入する慣習が残る当時の日本市場で、坂本薫俊氏は製氷機参入に反対した。だが精志氏は単独で開発を進め、親子関係が悪化した。最終的に薫俊氏が参入を決定し、1965年1月に星崎電機は全自動製氷機の販売を始めた。[8]自販機メーカーから業務用製氷機メーカーへの転換は、創業者の慎重論を長男が押し切る形で進んだ意思決定で、後の事業承継期に持ち越される対立の第一幕でもあった。

  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1965年1月 製氷機の販売を開始

製氷機の販売は当初、飲食店向けで苦戦し、代理店の反応も芳しくなかった。そこで星崎電機は代理店経由を避け、自社の直接販売で飲食店を攻略する方針を取った。1966年12月の自社東京設立を皮切りに[9]、1969年に東海・京阪・北九(大阪・福岡)、1974年に東北、1976年に関東・四国・中国(高松・松江)、1977年に湘南・北信越(横浜・金沢)、1978年に阪神・北海道(大阪・札幌)、1982年に北関東(大宮)、1983年に南九(鹿児島)、1988年に沖縄[10]と、22年で14社近い直販子会社を立ち上げた。

  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [9]1966年12月 ホシザキ東京を設立
    • [10]直販子会社の設立年(1969東海・京阪・北九/1974東北/1976関東・四国・中国/1977湘南・北信越/1978阪神・北海道/1982北関東/1983南九/1988沖縄)

直販網の意義は、業務用厨房機器の販売特性に根ざしていた。代理店経由ではアフター対応の品質が販売業者の力量に依存するのに対し、直販子会社網を持てば営業とサービスを一体で提供でき、1970年代から始まった外食産業のチェーン展開に合わせて顧客との長期リレーションを構築できた。1947年創業から40年強で全国販社網を整えた星崎電機は、業務用厨房機器市場で他社が容易に追随できない流通インフラを整えた。一方で、各販社の経営を地場に任せた構造は、本社からのコントロールが効きにくい弱点も内包しており、後の2018年9月にホシザキ東海で発覚する架空発注事件の要因の一つとして挙げられた。

  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1965年1月 製氷機の販売を開始
    • [9]1966年12月 ホシザキ東京を設立
    • [10]直販子会社の設立年(1969東海・京阪・北九/1974東北/1976関東・四国・中国/1977湘南・北信越/1978阪神・北海道/1982北関東/1983南九/1988沖縄)

製氷機からフルラインへの拡張、米国進出と第二次親子対立

製氷機事業の確立と並行して、坂本薫俊氏・坂本精志氏の父子は周辺領域への展開を急いだ。1970年2月に生ビールディスペンサ販売を開始[11]、1972年2月には業務用冷蔵庫の販売を始めた。[12]冷蔵庫は当初、専業メーカーの福島工業からOEM調達する形で立ち上げたが、後に内製化に切り替えて福島工業と競合する道を選んだ。販売網を抱える自社にとって、自社で製品を持つ意義は他社製品を流通させる以上に大きかった。1974年4月に島根第2工場(プレハブ冷蔵庫)[13]、1980年5月にプレハブ冷蔵庫の仕入販売[14]、1981年12月に米国カリフォルニア州HOSHIZAKI AMERICA設立[15]、1982年2月にプレハブ冷蔵庫の自社製造化[16]、1986年9月に島根本社工場(製氷機・食器洗浄機)[17]、1986年10月に米国ジョージア州本社工場と[18]、1970年代後半から1980年代にかけて製品領域の拡張と現地生産体制の整備を同時並行で行った。

  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1970年2月 生ビールディスペンサ販売を開始
    • [12]1972年2月 業務用冷蔵庫の販売を開始
    • [13]1974年4月 島根第2工場(プレハブ冷蔵庫)開設
    • [14]1980年5月 プレハブ冷蔵庫の仕入販売を開始
    • [15]1981年12月 米国カリフォルニア州にHOSHIZAKI AMERICA設立
    • [16]1982年2月 プレハブ冷蔵庫の自社製造化
    • [17]1986年9月 島根本社工場(製氷機・食器洗浄機)開設
    • [18]1986年10月 米国ジョージア州本社工場開設

1981年の米国HOSHIZAKI AMERICA設立は、星崎電機初の海外進出であり[19]、1965年の渡米調査で製氷機事業を発見した坂本精志氏自身が現法設立を主導した。1986年10月の米国ジョージア州本社工場開設で、北米市場向け製品の現地生産体制が整い[20]、輸出依存から脱却した。父子関係は再び悪化し、精志氏は別事業での独立を選んだ。子会社ネスター社(愛知県大府市)に対するホシザキの出資比率を14%に下げ、精志氏はネスター社の経営に専念して本体と距離を置いた。1989年12月、星崎電機株式会社からホシザキ電機株式会社に社名変更したが[21]、創業家内部の対立は未解決のまま2003年11月の薫俊氏逝去まで持ち越された。

  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1981年の米国HOSHIZAKI AMERICA設立は星崎電機初の海外進出
    • [20]1986年10月 米国ジョージア州本社工場開設で北米現地生産体制が整う
    • [21]1989年12月 星崎電機からホシザキ電機株式会社に社名変更
  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1970年2月 生ビールディスペンサ販売を開始
    • [12]1972年2月 業務用冷蔵庫の販売を開始
    • [13]1974年4月 島根第2工場(プレハブ冷蔵庫)開設
    • [14]1980年5月 プレハブ冷蔵庫の仕入販売を開始
    • [15]1981年12月 米国カリフォルニア州にHOSHIZAKI AMERICA設立
    • [16]1982年2月 プレハブ冷蔵庫の自社製造化
    • [17]1986年9月 島根本社工場(製氷機・食器洗浄機)開設
    • [18]1986年10月 米国ジョージア州本社工場開設
    • [19]1981年の米国HOSHIZAKI AMERICA設立は星崎電機初の海外進出
    • [20]1986年10月 米国ジョージア州本社工場開設で北米現地生産体制が整う
    • [21]1989年12月 星崎電機からホシザキ電機株式会社に社名変更

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

ホシザキの沿革1947〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1947〜1989年計算尺からジュース自販機・製氷機への業態転換と全国販社網の完成会社設立
本社移転
御器所工場を新設
豊明工場を新設
ジュース自動販売機事業に参入★★
本社を豊明市に移転
ジュース自販機から業務用製氷機への転換と直販販社網の構築

1965年1月、星崎電機(現ホシザキ)はジュース自動販売機に代わる主力として業務用の全自動製氷機の販売を始め、あわせて代理店に頼らず自社の販売会社で飲食店を回る売り方へ切り替えた経営判断。

詳細を読む
★★★
ホシザキ東京を設立
坂本商事を設立し営業部門を委譲
ホシザキ東海を設立
島根工場を新設
生ビールディスペンサ事業に参入★★
冷蔵庫事業に参入★★
島根第2工場を新設
ホシザキ東北を設立
プレハブ冷蔵庫の仕入販売を開始
HOSHIZAKI AMERICAを設立
プレハブ冷蔵庫の自社製造販売を開始
本社工場を新設
ホシザキ電機に商号変更
1990〜2008年欧州・アジア進出と海外M&Aを経た東証一部上場Hoshizaki Europe B.V.を設立
HOSHIZAKI EUROPEを設立
島根第3工場を新設
ホシザキ冷器を吸収合併
子会社を設立
中国上海に星崎冷熱機械を設立
坂本精志米LANCER・デンマークGRAM買収による北米飲料機器と欧州冷蔵庫の取得

2005年10月に合意し2006年2月に完了した米LANCER CORPORATION(飲料ディスペンサ)の買収と、2008年9月のデンマークGRAM COMMERCIAL A/S(業務用冷蔵庫)の買収により、ホシザキ電機が北米と欧州の事業を自前の現地法人設立ではなく企業買収で取得した経営判断。

詳細を読む
★★★
坂本精志ネスターを株式交換で完全子会社化★★
坂本精志デンマークGRAM COMMERCIALを完全子会社化★★
坂本精志創業61年目の東証一部・名証一部上場

2008年12月、ホシザキ電機が東京証券取引所市場第一部および名古屋証券取引所市場第一部へ株式を上場した経営判断。1947年の創業から61年、創業家2代の手元にあった株式を市場へ開いた。

詳細を読む
★★★
2009〜2026年新興国市場の本格開拓とグローバルM&A加速期鈴木幸彦Western Refrigerationを買収
鈴木幸彦Aços Macomを完全子会社化
坂本精志中国浙江愛雪制冷電器を子会社化
坂本精志ホシザキに商号変更
小林靖浩トルコOztiryakilerを関連会社化
小林靖浩Brema Groupを完全子会社化
小林靖浩ナオミを完全子会社化
小林靖浩ホシザキ販売を新設分割で設立
小林靖浩Structural Conceptsを完全子会社化
出典・参考
  • ホシザキ 有価証券報告書【沿革】

免責事項およびポリシー